2007年05月26日
2007年05月20日
今度の『パッチギ!Love&Peace』は戦争映画だったぜ

前作『パッチギ』を在日朝鮮人の多い街、川崎のチネチッタに観に行った。
http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/
前作と違うキャスト、アンソン役の井坂俊哉と妹キョンジャ役の中村ゆり、2人とも違和感なく映画に溶け込んでいた。
むしろ、キョンジャは沢尻よりも中村の方がイカッタ。
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2007年05月04日
「若者たち」を救った田中邦衛 中止に追いやった北朝鮮からの亡命事件

昨日の憲法記念日に逗子市で映画「若者たち」の上映会があった。
テレビ番組「若者たち」の評判は知っていた。
フジテレビが放映した、貧困若者群像ドラマ。信じられないことだが、あの自民党と財界が設立した反動軽薄(フジの所為でタモリは毒と牙を抜かれ、テレビの白痴化は進んだ)マスゴミの8チャンネルに奇跡的とも言える、硬派番組。
俺は、興味津々で見に行った。
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2007年04月28日
井筒監督「パッチギ! LOVE&PEACE」で石原斬り
井筒監督の傑作「パッチギ」の続編がいよいよ5/19公開される。
公式サイトhttp://www.pacchigi.jp/loveandpeace/
傲慢イシハラが都知事にもかかわらず(そんなに暇なのか)製作した「俺は、君のためにこそ死ににゆく」を新作の「パッチギ」では、徹底的に皮肉っている。
以下、井筒監督の発言より。
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公式サイトhttp://www.pacchigi.jp/loveandpeace/
傲慢イシハラが都知事にもかかわらず(そんなに暇なのか)製作した「俺は、君のためにこそ死ににゆく」を新作の「パッチギ」では、徹底的に皮肉っている。
以下、井筒監督の発言より。
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2006年12月08日
爆裂都市
映画の暴動である。
まさか、これが陣内って思う人も多いと思う。ルースターズの大江は、この映画撮影中に狂っていったし、いまや作家の町田町蔵もキチガイで出演。金髪レスラー上田馬之介に臓物投げ込みスターリン! 泉谷しげるに戸井十月、コント赤信号も「兄きーっ」と決めている。
まあ、とにかく、これ見てぶっ飛ばないのはインポ野郎と断言しよう。
陣内、ここに出演しているグルーピーとうまくやったべな。
まさか、これが陣内って思う人も多いと思う。ルースターズの大江は、この映画撮影中に狂っていったし、いまや作家の町田町蔵もキチガイで出演。金髪レスラー上田馬之介に臓物投げ込みスターリン! 泉谷しげるに戸井十月、コント赤信号も「兄きーっ」と決めている。
まあ、とにかく、これ見てぶっ飛ばないのはインポ野郎と断言しよう。
陣内、ここに出演しているグルーピーとうまくやったべな。
2006年12月06日
2006年10月25日
映画『蟻の兵隊』 日本国民必見の映画である

先週の土曜日にドキュメント映画『蟻の兵隊』を観た。
http://www.arinoheitai.com/index.html
大東亜戦争終結後、軍の命令により、蒋介石率いる国民党軍に加担して、共産軍と戦わさせられた日本人がいたことを、どれくらいの日本人が知っていただろうか?
これは、「戦後も戦った日本兵」奥村和一(わいち)さんの、真相を追究する戦いの記録である。
この映画には、名場面が多い。
真実を追究するために、中国に向かう奥村さんが、上官である病床の宮崎参謀に会いに行く場面。奥村さんの話を理解したのだろうか。声にならない声をあげる宮崎参謀。とめどなく泣けた。
奥村さんの部隊に輪姦されたことを語った女性が、逆に奥村さんを励ます場面。
新兵の奥村さんが捕虜の斬殺を行った場所を訪れ、その証言者に会う場面。
そして、靖国神社で演説するスパイ小野田寛郎との対決!!
これは、全ての日本人必見の映画である。
奥村さんら、、「戦後も戦った日本兵」たちは、戦後補償を拒み続けてきた国を相手に軍人恩給を求める裁判を起こすが、最高裁は上告を棄却した。
その時の国賊裁判官は次の者達だ。
最高裁判所
裁判長裁判官 津野 修
裁判官 滝井繁男
裁判官 中川了滋
裁判官 古田佑紀
こいつらを全員罷免すべし。
そして民族派諸君よ、このような輩にこそ、肉体言語で答えるべきではないだろうか?
2006年08月22日
2006年08月13日
映画「太陽」 昭和天皇の映画を日本で作れなかったことを恥じよ!
映画「太陽」を観てきた。
ロシアのソクーロフ監督が撮った「昭和天皇」の終戦を描いた映画である。
http://taiyo-movie.com/
内容は左右の思想を超えた素晴らしいものであった。バカ映画「日本沈没」(「日本以外全部沈没」はお勧め)に涙した映画音痴たちと、敗戦記念日に靖国参拝した輩はもちろんのこと、全日本国民必見の映画である。文部科学省推薦にしても良いくらいのものだ。
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2006年01月30日
ついに浅草東宝閉館 オールナイト最後は喜八監督特集だ
浅草六区 封切館の灯消える
『東宝劇場』今月で閉館
かつて「浅草六区」と呼ばれた、台東区浅草の六区ブロードウェイにある老舗映画館「浅草東宝劇場」が、設備の老朽化などを理由に今月いっぱいで閉館する。数年前、松竹と東映の映画館が相次いで撤退して以来、浅草で唯一の封切館だった。地元では運営する東京楽天地(本社・墨田区)に「もっと頑張ってほしかった」と、惜しむ声があがっている。残る映画館は、浅草中映劇場の五つのスクリーンのみとなる。 (丹治 早智子)
「日本で最初に映画常設館が誕生したのは浅草六区。いわば映画発祥の地。その伝統が失われるようで、実に寂しい」。こう嘆くのは、元役者で「浅草がんばる会」の河野通夫会長(60)。
明治から昭和三十年代末ごろまで、都内最大の繁華街としてにぎわった浅草六区。戦後の最盛期にはわずか三百メートルほどの通りに、映画館だけでも二十軒以上が軒を連ねていた。
東宝が浅草に進出したのは戦後間もなく。戦災で焼失した浅草寺の復興資金に充てるため、埋め立てられたひょうたん池の一部を、東宝の創設者、故小林一三氏の意向を受け、楽天地が買い取り浅草宝塚劇場を開業。これを皮切りに映画館やスポーツランドなどを次々と建設、浅草娯楽街の拡大に拍車をかけた。
浅草東宝劇場は一九六四年に開館。後にボウリング場とゲームセンターを併設。今では珍しい、70ミリフィルムが映写できる巨大スクリーンを持つ。
同劇場の西尾真支配人は「今や“シネコン”が主流で、映画館のあり方も変わってきた。これも時代の流れ」と話す。閉館するのは映画館のみで、ボウリング場などはこれまで通り営業を続ける。
浅草演芸ホールや東洋館などを運営する東洋興業の松倉由幸社長(42)は「今後は、町の人の意見を聞きながら、浅草六区にふさわしい跡地利用を楽天地に申し入れていきたい」という。
同館では二十八日から最終日までの四日間、特別上映を実施する。開館以来、観客動員数が多かった「東京オリンピック」(市川崑監督、六五年公開)、「日本沈没」(森谷司郎監督、七三年公開)など十作品を選び、日替わりで上映する。入館料五百円。
問い合わせは同劇場=電(3844)3141=へ。(中日新聞)
ついにというか、とうとうこの日が来てしまった。浅草東宝最後のオールナイトは、1周忌を祈念して『ラストナイトはフォービートで行こう! 〜岡本 喜八 傑作特集〜』であった。続きを読む




