ボンクラ映画ファンの聖書『映画秘宝』2月号に『男たちの大和/YAMATO』佐藤監督のインタビュー記事が掲載されている。
佐藤 何人かに「監督、『宇宙戦艦ヤマト』を実写で撮るんですか?」って言われたよ(笑)。その次の世代になると、それすら知らないんだよね。ただ、大和の問題は日本の近代史の問題でもある。明治維新以降の富国強兵思想で、いろんな戦争を経験することによって日本はアジアの盟主になれるという幻想をもっていった。そういう中で、第1次大戦以降、軍備拡張競争があり、一国だけ軍備が突出すると困るから、みんな揃って軍縮会議を開き日本は軍備の制限をされる。じゃあ、数少なくてもでっかい船を作ろうというのが大和建造の発想。できたときは間違いなく世界最大、最強、最新鋭の船だったんですよ。ところが、この発想の根本は軍艦対軍艦、艦隊対艦隊での戦いでの最強。実際、飛行機に攻められたら手も足も出ない。これをアメリカに気づかせたのは真珠湾攻撃なんですよ。
じゃあ、自業自得というか。
佐藤 そう、それでアメリカは真珠湾以降、それまでの艦隊編成を全部変えた。航空母艦を旗艦として、戦艦は航空母艦の護衛に回した。日本は依然として大和を旗艦にしていたけど、大和も飛行機の発達とともに、まったく無用の長物となってしまった。遂にはもっと凄い原子爆弾という新兵器の前にあえなく降伏したわけです。軍備っていうのはいくら拡大したって、もっと強いやつが出てきたら敵わない。日本の富国強兵思想と、大和を作った思想はまったく似ている。運命も同じわけだよね。そういう意味で、大和を描くことは日本の近代史そのものを描くことになるんだ。
佐藤監督の考えには同感である。
大和こそ、日本の考えの甘さを露呈させた、ひとりよがりの産物であった。なんせ、日本が仮想敵国としたアメリカも「戦艦」で日本に決戦を挑んでくる、と自分の都合の良いように考えていたのだから。これは、大戦末期のソ連参戦も同様で、「ソ連は日本に攻めてこないだろう」と考え、連合国との休戦仲裁までソ連に頼んでいたという、まさに神国日本は世界の中心「ご都合主義」は終戦まで変わらなかった。
いびつな男根主義の大和は、結局、最後まで自慢の46センチ砲を敵戦艦に向けて撃つことはなかった。最大速力も27ノットと、空母の護衛をすることもできず、同型艦武蔵同様役立たずに終わった。
まさに世界の3大無用の長物「万里の長城」「ピラミッド」「戦艦大和」。この国は、富国強兵によってアジアの盟主となろうとしたが、その結果、米帝に占領され、事実上、日本は植民地と化している。この国に戦は必要なかった。
さて、佐藤監督の想いは、どのように観客に伝わったのだろうか?
映画は戦争の事実を残したいのだろう
そして敗戦の為の礎であり無駄死にではないと言っていた
それには賛同する
男たちの大和では“思いやり”や“優しさ”、上官が部下を思う気持ちや友情、親子や愛する人に支えられたからこそ、戦うことができたのだろうと思わせてくれる内容でした。反町サンのセリフからも伝わってくるものがありました。
長渕剛の♪「Close your eyes」が流れてくると一気に感情がこみ
上げてきます。
以上、ネット上で見かけられた、『男たちの大和/YAMATO』の感想。皆さん非常に感動されていらっしゃる。長淵の歌聞きながら、エンディングで号泣なんて、俺には考えられないが、長渕の歌に感動するのが大勢である。信じられないが事実はそうなのだ。
俺が怖かったのが
当然、戦争映画なので 話の内容は容易に想像できるのだけど、
やはり愛する者の為に命を捧げようとする姿は胸を打ちました。
って感想。
『愛する者の為に命を捧げようとする姿は胸を打ちました』
自衛隊が国軍になった時のキャッチコピーのような文句。時の軍や政府が考えたのは、国体の護持だってことに気づいていない。戦後60年も経つのに、相変わらず、この国の『支配されたがる国民』は多数を占めている。
熱狂して、それに溺れやすい、何の疑問もなく多数に流されていく。
どう考えても、観客の殆どは、監督の意図と違う解釈でこの映画を観ている。ということは失敗作なのだ。たとえ興行収入があろうとも、大失敗作なのだ。





俺は少なくともこの映画には満足でした。大和がメチャクチャにやられるシーンは、リアルな戦争を少しでも見れた気がします。つまりは戦争ほどクソなことはない、今まさに戦争を始めようと自分の力も知らずに勝てるなどと思っている超理想主義者たちにはイイ薬でしょう。
長渕の歌は特攻隊賛美の歌なんでしょうか!?
そう解釈もできますが、俺は劇中の長島一成の言葉を思い出します。
「日本の未来のために負けなければならない」
今の、平和な日本のために、命を捨ててくれた大和の男たち、それはあまりにバカげているが、賛美されるべき存在でしょう。
二度と、バカげたことをしない戒めとして
ただ血を流しているようじゃダメです。悲惨さが伝わらない。顔面が潰れていたり、臓物が飛び出していたり、脳みそが吹き出しているのが、戦争の実態。あれではチャンバラ映画のレベルではないでしょうか。あまりにもキレイな死体ばかりです。
長渕の歌が、『特攻賛美』とは思っていません。長淵という存在自体が、俺にとっては「ハズカシイ」存在。他にも、「ハマショー」とか「サザン」とか「チャゲアス」も、俺にとっては、聞くだけで耳が赤くなってきます。これは理屈ではありません。感性の問題です。
『平和な日本のために、命を捨ててくれた大和の男たち』
これには違和感があります。軍隊は命令に対して絶対服従。拒否する事はできません。志願した人は別ですが、徴兵された人にとっては、『不本意』な死に方でしたね。
小説「戦艦大和の最後」を、そのまま映画化すれば良かったのです。
まあ、何れにしても、長渕の歌がある限り、この映画は駄作ですよ。これが、すべてをぶち壊しています。
その前提からして納得がいかんけど、件のインタビューをもって、観客の感想が監督の意図とズレている。と強弁するのはいかにも強引な感がある。
「監督の意図」ではなくて、あくまで貴方の意図と違うというだけの事ではないの ?
それに佐藤はあくまで雇われ監督で、この映画をプロデュースしているのは角川春樹だよ。
彼の言っている事を見れば、まさしく観客の反応は角川の意図どおりと言えるだろう。
彼の言っている事を見れば、まさしく観客の反応は角川の意図どおりと言えるだろう。
まさしく角川春樹の意図どおり。監督の意図ではありませんな。
ところで、あなたは、この映画をどう評価しているのか? よろしければ、お聞かせください。