2008年08月11日

『崖の上のポニョ』は、なんじゃこりゃという怪作だった

川崎チネチッタ、上映時間に間に合わなかったので、東宝シネマで観た。

いったら、スクリーンが小さくてがっかりorz

子供向けだから、子供がイッパイいるのはアタリマエだが、予想された上映中のオシャベリが少なかったのは意外だった。
1人バカママがメールチェックをしていたが……。

【公式ページ】http://www.ghibli.jp/ponyo/



俺が信頼している町山智浩先生は以下の点で、子供には観せられないと怒っていた。


@幼い息子を乗せて別に何も急いでないのに無意味な危険運転を繰り返す母親
A嵐で避難勧告が出ているにもかかわらず、子どもを乗せて危険な
崖の上の家に帰る母親
B路面が冠水しているにもかかわらず、猛スピードで急ブレーキ急ハンドルを繰り返す母親
C海水魚を入れたバケツに水道水を注ぐ子ども(井戸水であっても即死)
D自分たちの名前を息子に呼び捨てにさせている過剰に民主主義的な両親
E洪水の夜に5歳の子どもを自宅に置き去りにする母親
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20080727


俺もDには激しく同意で、宮崎家の家庭不和が見え隠れしているようだ。
http://anarchist.seesaa.net/article/104189191.html


映像的には面白いのだが、シナリオとしてはメチャクチャだ。
どうして「ポニョ」が存在するのか? なぜ人間が海に征服されなければならないのか?
その謎を解く鍵になる元人間のフジモト。しかし声の役が所ジョージ。あまりにも棒読みのセリフは酷すぎた……。
なんもわからないまま話がすすみ、唐突に終わってしまう。

なんじゃコリャ???


肝心の、「ボニョ」はカワイイ存在ではない。
「人面魚」という不気味な妖怪だというのも意図的に表現されている。
金魚→両生類→人間
とくに両生類の「ポニョ」はキモイ
気持ち悪いものが動き回る。
これは宮崎作品としては画期的なキャラである。
ただ、そこには深い意味もない気がする……。


でも、そんなことは、こどもにはわからない。

どうでもよいことなのだ

そして、こどもは親に「連れてって」とせがむ。


そんなこんなで、宮崎アニメは、今回も興行収入はトップだ。
崖の上のポニョ:公開3日で興行収入約15億円 日本最高の「千と千尋」にあとわずか

 宮崎駿監督の劇場版アニメ「崖の上のポニョ」の公開(19日)から3日間の興行収入は約15億7500万円で、日本の映画史上最高の興行収入を記録した01年の「千と千尋の神隠し」の同時期に比べ96.6%だったことが配給の東宝の調べで分かった。また、観客動員数は「千と千尋」の公開からの3日間に比べて101.4%となる125万1107人で、大ヒットは確実な情勢となった。
http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20080722mog00m200059000c.html

どうやら、日本の映画史上最高の興行収入の記録更新は確実のようだ。

映画は儲かれば、内容はどうでもよい。
宮崎さんが作れば、企画はなんでも通ってしまう。

俺は、この作品は駄作だと思うが、それでも押井守が言っていたように、最初の10分間の映像はすばらしい。
このような映像がつくれる限り、宮崎さんの我儘は許されていくのも仕方がない、とも思ったりするのだ。
posted by 死ぬのはやつらだ at 22:28| Comment(21) | TrackBack(1) | 映画/邦画・アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
映画監督の我儘といえば民家を破壊してしまった黒澤を思い出すなぁ。
作品は観ていないので何とも言えないが町山先生の指摘には全て禿市区胴衣。
Posted by 亜凡怠夢 at 2008年08月12日 08:44
また始まったな、アンチマジョリティごっこが
別に批判するなとはいわないが、あんまりそんな事やって虚しくならないか?
Posted by 馬鹿陽区 at 2008年08月12日 09:02
>民家を破壊してしまった黒澤
これは知らなかった。作品はなんでしょう?
Posted by 死ぬのはやつらだ@亜凡怠夢 殿 at 2008年08月12日 13:16
きみは、素晴らしいジャバ&げげ夫婦さまや賢いたんぽぽさまのお友達でしょうw

そちらに可愛がってもらいなさいw

ここは下品な者のブログですからねぇ。
Posted by 死ぬのはやつらだ@馬鹿陽区 殿 at 2008年08月12日 13:20
>これは知らなかった。作品はなんでしょう?

天国と地獄ですね。酒匂川の袂の家の二階が邪魔で壊したそうで。でもその後直したらしいすよ。
Posted by 葦原屋 at 2008年08月12日 15:58
フォローありがとうございます。
Posted by 亜凡怠夢 at 2008年08月12日 21:27
竹熊氏のブログにもあったけれど、子供たちが、シーンと見入っている、というのは、やはり何かがある作品なんでしょうね。
私も若いころ、ゴダールの『気狂いピエロ』を見た時、なんだこりゃと思って、ストーリーを理解するために5回くらい観にいって、結局、生涯見た中でもベスト10に入るくらい好きな映画になった記憶があります。
Posted by natunohi69 at 2008年08月13日 05:18
>「天国と地獄」
ほーう。それは知りませんでした。
個人的に好きな映画です。

あの頃は、どんな我儘も通ったんですねぇ。

Posted by 死ぬのはやつらだ@葦原屋 殿 at 2008年08月13日 09:44
ゴダールは俺もはまりました。

学生の頃、映画館でヌーベルバーグ特集があって、「勝手にしやがれ」を観たのがはじめです。

きっかけは、SEX PISTOLSのアルバムの邦題と同じだったのがきっかけですがねw
Posted by 死ぬのはやつらだ@natunohi69 殿 at 2008年08月13日 09:49
>ゴダールは俺もはまりました。

「勝手にしやがれ」は私も見ました。正確ではないかもしれないが、確か「最低だ」といいながら自分の手でまぶたを閉じたのだっけかな?


えと・・・

いまだに何を見たのか思い出せないままの映画は「野いちご」

見てる最中もさっぱりわからなかったし、もう一度見たいとも思わないのは何故か?

名作だというので若い頃見に行ったのだが、生涯でこんなにも思い出せない映画はこれぐらいだろう。

エロール・フリンの剣さばきの方が少しは印象に残っている。(爆)
Posted by ニケ at 2008年08月13日 20:17
「勝手にしやがれ」は最後、撃たれて死にますよね。「最低だ」ってのは名セリフですね。

「野いちご」は観ていません。

昔はビデオもなかったから、俺なんか気にいった作品は2回観ましたよ。

いまと違って入れ替えもなかったしね。
Posted by 死ぬのはやつらだ@ニケ 殿 at 2008年08月14日 04:36
わはは!
町山センセーのご意見、私はD以外は激しく同意!
呼び捨てはそこまで気にならなかったけど、幼い子どもを持つ母としては、ハラハラしっぱなしでした。特にC!真水はダメ!ぜったい!(笑)

子どもウケがいいのは、ストーリーや細部のディテールが気にならない、というか、わからないからなのかも。
紙芝居みたいなテレビアニメを普段見てるから、画面の隅まで動いているというのは、感動モノだったはず。アンパンマンは子どもが飽きて雑談だらけだったそうですし。

しかし、ポニョかわいいけどな〜。
うちの風呂には、魚ポニョが浮いてる。ちなみに、私の腹の肉もポニョ。(爆)
Posted by 水葉 at 2008年08月17日 15:32
>町山センセーのご意見、私はD以外は激しく同意!
うーむ。子供いないからそうオレは思うのかな?
職場の同僚も、別居している娘に呼び捨てされると嘆いていたよ哂

オレの腹の肉も若干ポニョだ ガハハ
Posted by 死ぬのはやつらだ@水葉 at 2008年08月17日 16:02
 子どもに見せられない基準というなら、よほどかハリウッド映画を輸入禁止すべきでしょう。ただ、宮崎駿は創作力の枯渇。衰退は「千と千尋」からあった。「ナウシカ」の作者が、あの内向き家族主義はないだろうと思っていた。
 それとみなさん(一部かな?)……
 楽しんでおいて“我が儘”はないなあ。
 満足のいく金で立ち退き、一時眉をひそめても、封切った結果で儲けて誰が被害をこうむるというのか。アニメと違い、実写は一発勝負の映像世界。黒澤の現代劇でヘッドライトの反射が画面に入り込んでいた作品を見ましたか?
 また『七人の侍』のラスト、豪雨の決戦場面はわずか8分ですよ。あれだけ犠牲を払って撮った映像の使用部分がたった8分。ニューヨーク近代美術館に保存の、『ベン・ハー』の退屈な戦車戦場面が13分もあるというのにだ。
 創作者としてのこだわりに徹するなら、完全主義を貫く“我が儘”はいくらでも上げつらえるだろう。が、それをできぬ時代ではない。創作者の力がないわけじゃない。要は妥協の産物でよしとする退廃が蔓延しただけなのだ。
 若い人に黒澤明を見よというのは、そのストーリーの上っ面を楽しめというのではない。技術を、創作者としての覚悟を、こだわりを持つ手引きとしての黒澤イズムを学べといっているのだ。今、そのプロ根性がなさすぎる。
 これはすべてのジャンルでいえることです。
Posted by 本間康二 at 2008年08月18日 00:11
ぽぽぽぽぽ。ポニョってブキミじゃないですか?特に両生類ポニョ。怖いよ怖いよぎゃーー!!

子供って不気味なもの・得体の知れないもの好きですからねえ(と一人ごちてみる
Posted by DoX at 2008年08月19日 20:47
両生類ポニョは不気味だよな。

わざと晒して、客の反応見ているに違いないさぁ。
Posted by 死ぬのはやつらだ@DoX 殿 at 2008年08月19日 22:14
やっと、本日「ポニョ」見てまいりました。結構わかりやすかったけどな。
監督本人が、インタビューで言ってるけれど、監督が、「母」を投影しているのはひまわりの家の「トキ」。(ラピュタでも海賊の母役でこのキャラが出ていてその時も宮崎監督はこのキャラが自分の母親の投影だと言っていた)
とすると、「リサ」はナウシカやキキの顔をしているので、監督の「妻」をあらわしている。(だから宗助はリサ、と呼び捨てにしてる)
「ひまわりの家」と「宗助の家」を結ぶ「道」を車が行き来するのは、監督のエロスが、達成するかしないか、(つまり、イクかイカないか、)の象徴。
そうすると、「ポニョ」は母でも妻でもない、第3のエロスの対象をあらわしている。
だから、宗助とポニヨが2人きりで一夜を過ごした後、ボートで「ひまわりの家」へ向かって出航するシーン、その後の夢のような航海のみずみずしく、エロティックなことの意味が良くわかってくる。
「ポニョ」が表す第3のエロスが、具体的な「恋人」なのか、それとも芸術的な新しい「何か」なのかはよくわからないけれど。
つげ義春の傑作「ねじ式」と構造的には似ている。
Posted by natunohi69 at 2008年09月28日 17:09
にゃるほど!

>「ポニョ」が表す第3のエロス

自分の意のままに出来るロリータってことでしょうかねw

Posted by 死ぬのはやつらだ@loveminus0 殿 at 2008年09月29日 22:48
改めて、竹熊のブログでポニョに関する部分を見るとあいつも、やっぱり『ねじ式』を連想しているのね。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_fb6c.html

『ねじ式』の中でポニョを連想させる部分を以下にいくつか書き出して見ようか?

@『ねじ式』のトップシーンは、クラゲの多い海の中から出てくる少年。
(『ポニョ』ではポニョがクラゲの多い海から出てきて宗助に会う)
 
A『ねじ式』の少年は腕から出血していて、のちに「不思議な女医」に止血してもらうことになる。
(『ポニョ』では宗助が指から出血してポニョに止血してもらう)

B『ねじ式』の少年は上陸後しばらくして、「歩きづらい」線路の上を歩いて村と村の間を行き来する。その途中で蒸気機関車に乗るが、その機関車は線路からはずれ暴走して村の路地に突っ込む。
(『ポニョ』ではリサが、とても行けるとも思えない道を車で強行突破し、波の中を突っ切り、ついには、車が乗り捨てられる)

C『ねじ式』の少年は、隣村へ「戻った」ところで、「もしかしたら」「おっ母さん」かも知れない女性に出会う。
(リサはせっかく自宅へ帰ったのに、母のイメージに重なるトキのところへまた向かう。宗助もそのあとを追う)

D『ねじ式』のクライマックスは少年が「不思議な女医」に腕の止血をしてもらうところ。そしてラストのページは少年がモーターボートに乗って疾走するシーン。
(『ポニョ』では、ポニョが宗助にかける魔法のうち、大きなものは指の止血と、おもちゃのボートを大きくし、ろうそくを大きくして宗助を運ぶこと。)

ね、どっか似てるよね。しかし、ポニョがろうそくを魔法で大きくして、エンジンにするシーンはエロかったなあ。あのろうそくは完全に男根の比喩だもんなあ。

しかし、本当に子供たちは、シーンと見入っていたよな。たぶん、ああいう原初的なエロスとアートは、子供が一番よく、見抜くんだろうなあ。
Posted by natunolhi69 at 2008年09月30日 13:50
この映画の二面性がわからないなんてバカすぎるな。
Posted by あ at 2010年02月08日 13:00
町山の宮崎とポニョ評はその通りでいいんだけど、だから子供に見せちゃいけないんじゃなくだからこそ子供に魅せるべきだと思うね。

ラジオの鼎談で宮崎哲弥と宮台慎司が宮崎ポニョ評で盛り上がってて、宮台もポニョをメチャクチャでストーリーが破綻しているけれども、宮崎駿の作品は最近はどれもがむちゃくちゃなものばかりだが活劇で魅せきってしまう手法は素晴らしいとひたすら活劇作家として宮崎駿の本質を賞賛していた。
哲弥も同意でこれをサイゾーに書いたらジブリの近藤プロデューサーに抗議を受けたと暴露してたが、俺もまったく同意見。

もののけ姫の説教臭い隠れた父性を抑えきれない憂うアニメーター作家より、ぺト趣味と勘違いされそうなほど幼女の仕種や表情を丹念に表現するアレっぽいパヤオのほうが俺は好きだ。
その意味でポニョは俺の宮崎観を再認識させてくれた作品であったと思う。
Posted by 無産者 at 2010年02月08日 23:04
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

断崖絶壁の・・・
Excerpt: ・・・ポニョ、盆休み中に観に行きましたのでその感想を・・・ 遊びに来た親戚のガキ2匹(5&2才)に 「連れていけ!」とせがまれなければ観に行くことはなかったでしょう(笑 実は宮崎駿監督の..
Weblog: 迎春閣之風波
Tracked: 2008-08-27 14:06
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。