いま泣きながら書いています。

数年前から意識不明であることを知りましたが、それでもズーット長生きされると思い込んでいただけに、なおさらショックです。
最近、NHKで特集番組がありましたが、いま思えば、良い追悼となりましたね。松雄スズキのアニメが泣ける内容でした。再放送もたぶんあるでしょう。
子供のころ、毎日が赤塚マンガでした。
ともだちと、マガジンとサンデーをかわりばんこで買って、「天才バカボン」と「モーレツ ア太郎」を読みふけっておりました。
ニャロメやケムンパスやベシを何度、ノートに書いたことやら…
もちろん、いまでもスラスラーと書けます。
そして、サンデー連載の「レッツラゴン」にいたると、シュールギャグの世界に突入、大人でも理解が難しい世界に突入した赤塚先生。
いま思うと、ホントウの「天才」であったと思いますね。
赤塚先生に見出されなかったら、いまの億万長者の生活はなかった腐れタモリ。どのようなコメントを出すのかタノシミです。
ラベル:赤塚不二夫





<武居記者が赤塚不二夫のことを書いたのだ> を読んでたから、
知らなかった訳じゃ無いけど、心の準備出来て無いよ(涙)!
あたしもバカボン 大好き!
カラオケのレパアートリ−に入ってる。
あの人はきっと天国でも陽気に飲んでるだろう。
裸踊りだってしちゃうだろうね。
今頃、神様があきれてる。きっと・・・!
なんで死んだんや。
いまごろ、手塚先生と昆布茶でも飲んでるでしょう。
イヤ、由利徹さんと一緒に、オネーチャンのオッパイ吸ってるんだろうなぁw
サミシーのココロ。ドボシテドボシテ、ハーポックン!
タモリは腐ったのか!(w)
そういえば「笑っていいとも」10年以上見てない。
あ、思い出した。
「今夜は最高!」黒澤の『用心棒』のパロディはあったけど、『七人の侍』のパロディはされたのだろうか。知ってる人、教えてキボン。
赤塚キャラの決まりゼリフの一つ、「やるべし」が『七人の侍』からだってのは、『七人の侍』を見てない(???)やつらださんも知ってるよね?
政局なんてみんなウンザリで、赤塚のほうがインパクトあるってことかな?
「おそ松くん」が小学校低学年の頃だから、ずっとリアルタイムの世代です。個人的には「おぉ〜」と思ったのは「天才バカボン」と「レッツラゴン」でした。大衆的な影響力は全共闘運動なんかより大きかったかもです。(「比較するのがおかしい!」ってどっかのインテリさん達に言われそうですが。)
赤塚先生のご冥福をお祈りします。&長い闘病生活ご苦労様でした。
お見舞いで|ちばてつやのブログ『ぐずてつ日記』
http://ameblo.jp/chibatetsu/entry-10075003955.html
◇<武居記者が赤塚不二夫のことを書いたのだ>関連
http://www.getsitaya.com/gets/sugie_kakolog/sugie15.html
http://ameblo.jp/chibatetsu/entry-10075003955.html
そういえば、滝沢解原作、赤塚不二夫画で、『狂犬トロツキー』なんて怪作もありましたね。
『赤塚不二夫全盛期』を知っていてアニメの無印版『天才バカボン』も見ていた者としては、何とか意識を取り戻して元気になり100歳まで現役で、常識のセンが1本も2本もキレた漫画を描き続けてほしかったものですが。
先程のコメで書く前に送信ボタンを押してしまいまして…。では、改めまして。
赤塚不二夫先生のご冥福を、心よりお祈り致します。天国で、手塚先生や先に逝かれたトキワ荘時代のお仲間達と、今頃は再会されているのでしょうね。
それと明日の「いいとも」で、タモリが何らかのコメント出すかどうかが気になりますな。(本間さん同様、「いいとも」は私もずーっと見てませんが)
『七人の侍』は、本間さんが『太陽』を認めてくれたら観ますw
この頃の写真では、「シェー」かウルトラマンのスペシウム光線のポーズばかりで写真に写ってましたねぇwww
きっと、奥さんが「一緒にいこうよ」って誘ったんだなぁ。
ウワーン…。
これも廃刊ですね。
うぇーん!!!
うわーん!!!
俺も注目したいね!
知っていましたが、お涙ちょうだい話になるので、あえて書きませんでした。
>きっと、奥さんが「一緒にいこうよ」って誘ったんだなぁ。
葬儀の場で遺族・知人が慰めあう時にするこういうのを因縁話ともいうのかな。
今朝にはソルジェニーツィンの訃報も聞きましたが、不謹慎ながら、21世紀まで生きてたんだ〜ってことでビックリ。
葬儀は親子一緒に行いましたよ。
ウギャッ!
これ、テレビできちんと報道してた?
大昔、反体制の騎士と持ち上げられたけど、結局は権力が好きなだけだったのが暴露されたよね。
ムム、すぐに反応しますwww
ケッ、白々しいコメントだこと。
死ねばいいのに!
さて、赤塚師の葬儀委員長を務める藤子不二雄(A)師はトキワ荘とスタジオ・ゼロの盟友とその前妻の死にかなりショックを受けていらっしゃるようで、何か「呼ばれそう」な雰囲気がありますね。
かつてのトキワ荘の住人漫画家は何人生き残っているのでしょうか?
それから、トキワ荘のような内廊下(土足禁止)・共同炊事場(当然ですが風呂なし)のアパートも東京にどれくらい残っているのでしょうか?
藤子Aは別格として・・・
水野英子は、元気なようですね。この初夏に川崎市民ミュージアムに少女マンガの展覧会を見に行った時にルーペを使いながら、相変わらず精密な画を書いている様子をVTRで流していましたね。
彼女は、マンガ界で初めてマンガ家のユニオンを作ろうとして失敗、業界からほされたんですよね。雷句が、少年サンデーの編集者を訴えた件で、水野先生のかつての行動を見直す動きもあったようです。
しかし、赤塚氏の葬儀、中野の宝仙寺でやるっていうけれど、あの広さで人が入りきるかしら。
だんだんとエンタメから「ホンモノ」が居なくなりますな。
残るのはニセモノばかりなり。
これで思い出したのだけど、20年以上前の「NHK特集」でトキワ荘出身の漫画家その後みたいなのやってた。
みなさんが巨匠になったわけじゃなくて、時代に取り残された人もいたんだよね。
名前忘れたけど、素朴な少女漫画というか童話みたいなマンガ書いていた人、工員で貧しい生活しながら集英社に原稿持ち込んで、全部ボツになってたな。
赤塚先生たちと飲むシーンがあるけど、可哀想で痛々しかった。
ジャンプで赤塚賞ってのあるでしょう。それを受賞したばかりの若者が飲んでいる赤塚先生のところに挨拶にいったら、
「きみ、誰だっけ?」って先生。
そりゃねーだろう、って思ったが、赤塚先生たちも、ライバルに蹴落とされる恐怖と闘っていたんだよねぇ。
また子ども文化の一時代を築いた方が亡くなっていくなんて・・・。
>タモリ
いいともに出てるよりもタモリ倶楽部でウンチク語ったり4ヶ国語麻雀やってるほうがましです。故ナンシー関さんたちに喝破されてるけど。今のタモリはタモリじゃないといいます。
図書館で拝見した大日本帝国の地図(復刻版)で面白いコメントしてたのが印象的でした。
全盛期は時代の寵児ってことで調子に乗ってて当然なんだけど、アーティストが本当に面白くなって存在価値が出てくるのは、自分の才能が枯れてきて、若いライバルに追われ追い越され、時代が自分に味方しなくなってきてからなのよねん。そういう逆境の時に試されるのが総合的な人間力っていうのかなあ。
70年前後中核派の隊列にいたと赤塚氏は『狂犬トロツキー』のあとがきに書いていましたが、
何でよりによって(全共闘的発想と親和性のあった)ブントでなく、ゴリゴリ教条主義の中核派だったのか、また、日本共産党候補の推薦人にも何度かなっていた記憶ですが、この辺、私には謎です。
しかしいずれにしても赤塚氏が天才的な根っからの左翼漫画家であったことは否定しようがありません。
バカボンパパには過激に批評的で詩的な忘れがたい場面がたくさんあります。
七味唐辛子工場の味試し係(?)に就職したバカボンパパの頭がいかれてしまう話はチャップリン、モダンタイムズのパロディでしょう。
俗物が友達とつるんで仲間はずれの犠牲者にミミズのスパゲッティに醤油のコーラを振る舞い「人を呪わば穴二つ」となる話は永遠の批評性を持つでしょう。
文学シーンでこれらに匹敵しうる笑い飛ばしのエネルギーを60年代末に持ち得たのは野坂昭如『騒動師たち』のみ。
今この時代そんな天才はいないのか・・
こんな空虚な言葉に感動するバカどもは全員爆発しろって感じですよ。
みんなもそう思いますよね!?
俺もそう思います。
芸術家って、「俺が一番だぁ」ってのを貫き続けなくちゃね。
手塚先生なんかムキニなって書いてましたね。
岡本太郎なんか時代を超越して、先の先突っ走っていたもんなぁ。マイルスもそんな気がします。
基本的にニャロメは群れることを嫌う反逆児でした。