2008年10月06日

1974年 -10月6日 『パンチDEデート』が全国ネット放送開始


ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。見知らぬ貴女と見知らぬ貴男に、デートを取り持つパンチDEデート!

スッピンの中森明菜+風吹ジュン÷2って風の女性。
ファッションの感じから想像すると80年前後か…。

ハマトラ…ニュートラ…ふにゃーんw

伴奏がエレクトーンの生演奏ってのも関西らしくチープでええなぁw

タグ:テレビ
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2008年08月13日

INTERVIEW ニャロメ

ギャグマンガキャラクターの重鎮であるニャロメ氏。

そのニャロメ氏へのインタビューを劇作家の松尾スズキ氏が挑んだ。



レレレのおじさんが、執事として出迎えた、白亜の豪邸。

ニャロメ氏は耳にピアスをつけ、シャネル風のサングラスをかけ、ガウンを着こみ、葉巻を吹かしながら、応接室で松尾氏を待っていた……。


以下、国営放送『プレミアム10「赤塚不二夫なのだ!!」』より。
なお、このインタビューは赤塚先生が亡くなる前の今年5月に行われている。





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タグ:赤塚不二夫
posted by 死ぬのはやつらだ at 04:02| Comment(3) | TrackBack(1) | オッサンの昭和回顧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月30日

1968年3月30日 「巨人の星」放送開始


ドヤ街の一家に、家庭内暴力、父親の酒乱、父子家庭、土方の父親……
地上波では放送できない内容だ…

札幌の子どもたちの間では、「巨人軍」(野球なのに軍隊だった)の人気は圧倒的であった。俺もご多分に漏れず、このアニメ(当時はテレビマンガだった)を見ていた。

遊びといったら、野球ってのが当たり前の時代だった。

親にねだって野球のユニフォームを買ってもらったが、背番号は「16」にしてもらった。いま思うと恥ずかしい。

ここ最近は、野球がアニメになることはないが、もし作るならどこの球団が選ばれるのか?
楽天の野村が主人公ってのどうかなぁ?

いまじゃぁ、野球っての、まったく興味が無い、と言いながら北海道日本ハムファイターズが優勝したときは嬉しかったりする……
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2008年03月13日

1973年3月13日 国鉄高崎線上尾駅で集団暴動事件発生!


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%B0%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6

埼玉県人って気骨あったね。

これぐらい怒らないとだめだぁ。


【3/14追記】
この暴動に関しては、右翼団体「一水会」による大衆への扇動行動があったことを代表鈴木邦男が認めている。
「よし、暴動を起こそう!」「ストに怒っている人民を煽動し、労組を襲うのだ!」と決意した。そして計画し、実行した。背広にネクタイをして、バラバラに人民の間に入り、怒りの声をあげ、人民を煽動した。組合員を糾弾し、襲わせた。上尾暴動はこの時に起こった。いや、それを見て、思いついたのかもしれない。ともかく、〈暴動〉のいくつかは僕らが起こした。 それと共に、スプレーをもって電車内に入り、「スト反対!」「国労、動労のストを許すな!」とそこら中に大書した。窓や、ドアや、床に書きまくった。「ザマー見ろ!」と思った。電車の外側には労組員が「要求貫徹!」とか、いろんな政治的スローガンを書いている。だったら俺らもやっていいだろうと思った。面白いもので、乗客は誰も止めない。こっちが集団でドドドーッと乗り込み、黒のスプレーで、あたり中に書きまくるのだ。乗客は恐怖で竦み上がり、下を向いている。目を合わせては大変だと思っている。ニューヨークの地下鉄で暴れる不良どもと同じだった。実に気分がいい。何でも出来る。オレはスーパーマンだと思った。悪の魅力に酔った。いや、もともと、左翼の労組員が違法なストをやり、電車に落書きするのが悪いのだ。こっちはそれに反対して、「正当防衛」としてやってるだけだと思った。どこが正当防衛か分からないが、なに、捕まったっていいと思い、堂々と暴れた。でも乗客は誰も文句いわないし、乗務員に通報しようともしない。乗務員だって怖がって近よらない。 落書きするだけでなく、電車の中で演説した。「不法ストに対し立ち上がれ!」「暴動を起こせ!」とアジった。乗客は皆、ジーッと下を向いている。いらいらして、「なぜ立ち上がらないのだ!」「お前らは共産主義者の同調者か!」と怒鳴った。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/22
タグ:労組 暴動
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2008年03月06日

1972年3月6日 新日本プロレス旗揚げ戦を行う

俺の中では、プロレス=アントニオ猪木である。1980年に村松友視の『私、プロレスの味方です』が発売。これを読んだことにより、この想いは加速されたのだが、その夢を破ってくれたのもアントニオ猪木であった。
それは、猪木自身の立ち上げた第1回IWGP優勝戦。ハルク・ホーガンにロープ越しのアックスボンバーを受け、完敗という無様な試合であった。

そのホーガンとの映像が無いので、伝説の試合を…
アントニオ猪木 対 上田馬之助
タグ:プロレス
posted by 死ぬのはやつらだ at 10:06| Comment(7) | TrackBack(0) | オッサンの昭和回顧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月03日

札幌オリンピックと真駒内の思い出

いまから36年前の1972年2月3日、札幌オリンピックの開会式が行われた。

俺は叔母とこの開会式を観に行った。


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posted by 死ぬのはやつらだ at 23:01| Comment(3) | TrackBack(0) | オッサンの昭和回顧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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