2008年05月01日

『実録・連合赤軍』 罪を犯した息子と母親と…

この前の日曜日、また『実録・連合赤軍』を観てきた。

何度観てもいい映画だし、何度観ても悔しいが泣けた。


上映後のトークイベントで足立正生さんと、西部邁さんの話を聞く。

以前に戦旗派のイベントで、西部の話を聞いたけど、今回も彼の話がよかったなぁ。



西部 どうも西部といいいます。けっこう世間では保守反動で名が通っていて。酒場で若松さんとよく会うんですけど。内心、連合赤軍については32〜3でちょっとあることがありまして、プライベートなことがあったんで観たくなかったんですけど、こんなに(若松監督が)立派な体しているものですから観ないと角が立つと思って観たんですけど、久方ぶりに存在感があって。存在感があった映画だったものですから何か喋らなければ卑怯者かなと思って、とうとうこの場に来ちゃいました。
さっき、電車の中で考えたんですけど、実はこのタイトル『実録』ですよね。かなり重い意味があると思うんですね。ああいう事件をすごく真正面から見据えるというのは、そうとうの度胸と覚悟とねぇ、冗談半分でいえばある種の野蛮さがないとね、正視、直視、凝視しにくい出来事なんですね。
めったにできることじゃなくて、若松さんが70過ぎている、歳のおかげもあるんじゃないかと、あれはなかなかできないことなんですね。といいますのも、『実録』ってのがノンフィクションで、どっかから盗んできたと思う人もあるかもしれませんけれども、僕が言っている『実録』ってのはそういうのじゃなくて、やはりね見つめるとね、否応なく相手の中に入って相手の立場になる。相手の立場になるというと、日本では良い意味に解釈されますけど、相手の持っている良さも、あるいは醜悪さもふくめてですね、こういう状況の中では、人間は何をどう考え、何をやらかすものか、これをたぶんね、我がことのようにね想像できるという。たぶんあの映画というのは監督のね、そういうものがあるから、なんだかんだという、しゃらくさい批評を乗り越えたね、ある重みがあるんじゃないかなと。

足立 実は私も、若ちゃんがこの映画を撮ろうと思ったとき、加わっていたりしたんだね。その後、俺がいると難しくなるからと叩き落されて、それで若い人たちとがんばって作っていったというのがあります。
当初、やろうとしていたのは、あさま山荘の中を中心としたものにしていたのですが、そういう意味で言えば、いま西部さんがおっしゃったように、彼自身、新左翼が嫌いでしょ、革命運動というのがナマっちょろいというのがあるでしょ、そういう具合に見てると、こういうものをやる気配というのがもともとない人なんですねぇ。それが、どういうふうに気が変わったのか、とにかく新左翼全部を見直してみたいということで、この映画が広がっているわけですね。
ですから、実録ということで絡めていえば、悪くいえばね、事実過程はよく拾って出している。じゃあ、その事実過程の中で何がいいたいのかということを、あまり言わない、自分をセーブしてしまっている、という悪口をいえますね。
それと、もうひとつは、日頃、若松さんは人間を描く側から歴史も何も見てきたひとだけど、この作品のユニークさは、彼の作品にもないんですね。つまり、歴史過程そのものから見てしまうと。事実があって、そういう中で人間がどう動くのかと、むしろ人間の側から描かなければならないのじゃないかと。
悪口言おうとしたら、人間というのは、革命やろうが、ガチンコやろうが、メシ食ってセックスして寝て、そしていくらでも飲むと、いうのが彼の哲学です。
で、そちら側からすれば、人間の基本のしぐさから描けばいいじゃないかと思うのだけれど、同時に、彼がもっといいたかったのは、そういった若者が、革命を志そうが、そうでなかろうがね、それはみんな同じだという側に立っているというのがひとつあって。それがもうドーンと正面から連合赤軍問題というのを扱ってみようという具合にいたらした根拠で、という具合に褒めちゃうことになっちゃうんだよね。
そういうところがパワーとして出ているだろうと。俺が降りた所為で、みんなが退屈しないものに、わかりやすいものになっただろうと。
それと、僕に最終編集させれば、半分ぐらいの短さにしたいのですけど、だから「足立が事務所に近づいたら触らせるな」と指示していたぐらいですから、それなりに自分の思い入れを全面的にやったつもりがあるんだなと思います。

西部 確かにね、人間というのは僕もそうなんですけど、寝たり食ったり排泄しているものなんですね。金が無くなったら不安になったり。
同時に人間というものは面白いもので、ある状況下では殺したり殺されたりね、裏切ったり裏切られたり、よくあるんですね。いまもあるんでしょうけれど、なかなか見えてきませんけどね、僕がいいたいのは笠井潔という人が言ってた事で同感なんだけど、よくみんな政治がどったらこったら、テレビや新聞や雑誌でいってますけど、むかし学者やっていたものですから名前が出てきますけど、マックス・ウェーバーって人が第1次大戦後ですけどね、「政治ってのは悪魔との契約をしなければいけないんだ」ってことをね言っているんですね。つまり、言いたいのは、逆に言うとね、そういう殺すか殺されるかっていう種類の、本当に脂汗が滲み出るようなね、心臓が冷え込むような、そういう経験をしょちゅうやっていたら人間は潰れますけど、人生の中で忘れがたい恐怖として、しかも若いときにね骨の芯に染み付いた人で無ければね、本当は政治に参加しちゃいけないですね。もっと言えば投票なんかしてもらいたくない。小さい声でいいますけど、僕は一度も投票したことが無いんですけどね。
本当は政治に限らないんでしょうね。僕は文学は知らないし、どっちかといえば嫌いなんだけれど、文学だってね、どっかで生きるか死ぬかっていうことをね、それは男女関係であれなんであれね、どっか本当に自分は死ぬんじゃないかな、という忘れがたい体験というのかな、そういうものをもってないヤツが文学だと、ましてや政治だといっているのはね、本来は縛り首にすればいいんだぐらいに僕は感じているんですよ。
そんなことはともかく、連合赤軍というのは、いま足立さんがね解釈がないっておっしゃって、足立さんが言うのはそうなんだろうけど、人間たちというのはどんなに愚かしいやつらなんだと思いますよ。
僕自身も(連赤事件の)10年ぐらい前にね、非情に牧歌的なものでしたけど、共産党員から、たいしたことじゃぁないんですよ、リンチにあって、東大の隅っこの便所にアタマ漬けられた。その便所、小便ツボ乾いてた、ウンコツボも古い便所で乾いていて、でもあれがもしも、ドロドロのウンコとかさションベンだらけのツボに自分の顔やなんだ入れられて、こっちは1人で向こうは7人でね、そういうのは生きるや死ぬのとは違って、脳細胞の中質にものすごく忘れられない嫌な体験が残っちゃう。僕の人生で、こんなのは完全に小便ツボやウンコツボが乾いていたおかげだなと思うことが何度でもあるんです。
僕らの時代は牧歌的でその程度のことですけど、生き死にってのはちょっと極端な例ですけどね、なんかそういう死ぬまで忘れられない、ときどき思い起こしざるを得ない体験を映画は描こうとしているんですね。
あそこで示されている、ある勇敢さというのは、ある愚かしさとピッタリ張り合わせになっているし、彼らの思っている正義とかいうものはね、「共産主義革命」っていうものは誰もわからない、言っている本人もわからないんですけれどね、その背後には物凄い自分の軽率さね、つまり軽率さと表裏一体の勇気とか、愚かしさと表裏一体の正義とか、そんなものなんだけど、でも人間というものはそういうもので有り得るんだということね、ということが映像として出ている。つまり、あれも『実録』なんだけど、『実録』自体がひとつの解釈となっている。もしくは否応なく人に解釈させてしまう、そういうふうに僕は解釈したんですね。

足立 いやあ、正に西部さんらしいですね。ちょっと紹介しますと、西部さんも私も60年安保世代で、その頃この人は東大の委員長なんかしていて、俺なんか一兵卒でアジられて走り回る、そういう関係でございました。で、そういう西部さんが連赤という問題を捉えなおして、自分に引き付けた問題として考え直しているというのをちょっと遠くの方で聞いたりしていたんですね、日本にいなかったので。たぶん、そういうことかな、ああいうことかなと思いながら、私もなんとなく生き残って現在にいるので、そちら側から見ると連合赤軍の実録を語るについては、そのようにおっしゃるのが非情に納得できます。
ただし、一兵卒の側から言うと、確かに新左翼の運動が必然として連赤に至るというのはあったけれど、やはりあの非情に短い期間に山岳ベースに集合して、それで敗北していくというプロセス、最後があさま山荘銃撃戦争ですか、それを見ながら、これは駄目だと思ったけれど、同じ事をまたやるよりも、同じ事をまたやらないで更に発展させるにはどうしたら良いかと思って、私は日本から姿を消したんですね。だから、そちら側から見てみると、やはり連赤というのは、ほんとうに純粋な志というか情熱というか、あるいは西部さんが言うように、愚かさと正直さ、愚鈍さと勇敢さというのは常に裏表であり一体であるんですね、ですからみなさん『実録・連合赤軍』をいま観たからわかると思うんですが。殺す側も殺される側も、実はほぼ同じものであり、殺される側に立った人間よりも実は殺す側にいた、森や永田さんの方が、もっと追い込まれていたんだ、ということが出ればいいのかなと僕は思っていたんです。若松が一応、殺す側も殺される側も対象なんだという側から撮っているので、あまりヒステリー女の永田とか、スターリンを担っていた森というようなステレオタイプの指導者の間違いとか、そういう問題にいくまえに、むしろ同じ若い者たちの姿ということに徹底している、そういうところはチョット褒めていいかなと思っている。

若松 (足立の発言を遮るように)いやー、だからどっちも哀しいんだよ。やる側もやられる側も哀しいんだよ。いま足立君がいったように、てめえら勝手に革命だといいながら、片一方はアラブに行き、片方は「あしたのジョー」だといってね、ハイジャックして北朝鮮に行くね、(連赤事件で生き)残った連中もね、あいつらやったのは俺たち関係ねぇ、塩見は塩見で結局刑務所で捕まったから「俺は関係ない」って言い方を足立君が怒ったんだけども、そういうことじゃない。
自分たちが作って、自分たちがなんか夢を見て、世界革命だなんとかだ、と言いながら、チンピラばっかり残して、そしてチンピラ同士でなんかこうくっついちゃって、日本共産党の、この前も1週間前の赤旗でボロクソに書いてたけどね。
結局さぁ、残された連中がさ、一緒になってワーッと。少しは幼稚だったんだろうけどさぁ。
もっと言えば、みんなが背中に背負って生きなければならないんじゃないかと、僕は思っているし。
まぁ、山荘の中は、誰も書かない、誰も言わないけれど、これは足立君と僕が知っていることで、坂東君が(重信房子の日本赤軍によって刑務所から)奪回されていって、ベッカー高原で聞きましたからね。
もうやった側も、やられた側もみな悲しい。
それで出来上がってきた、この前の『突入せよあさま山荘』っての、警察側の方ばかりの嘘八百描いていたから、僕は頭にきて、とにかくこれだけは撮らなければいけないと思って、いままでの僕の映画とは違うと足立君がいいましたけど、そういう決意を込めて全財産を投げ打って、文化庁にすこし金くれないかといったら、たった2行で「値しません」(場内爆笑)
ふざけやがって、たった2行ですよ。どっかの映画には750万くれて、俺にはたった2行で「値しません」。ふざけんなって。

西部 僕の教え子で、京都大学の佐伯啓思君ってのがいる。彼はね、なかなか良いことを書いているんですよ。それは何かというと、坂東國男のお父さんが大津に坂東旅館というのをもっているのね、佐伯君はそこをよく電車で通っていた。それがどんどん廃屋と化しているというのね。
お父さんが首を吊ったんですよね。
これは僕の想像だけど、息子に國男ってつけるのだから、おそらく戦争世代ですねぇ。愛国主義者で軍国主義者で、これは想像ですけど。そのお父さんが、息子がやったことを世間に申し訳ないということで首吊ったわけですよ。それで旅館が廃止になって。
それについて佐伯君がこう書いてる。僕はそれに120%同感なんだけど、彼の主旨は、
「あの廃屋と化しつつある旅館を見よ」と、あの世代、全学連世代も連赤世代もそうなんですが、適当に生き延びて、会社でも何でもいいんですが、もぐりこんでね、そのうち50、60になったら、しゃらくさいですね、改革がどうとかヒューマニズムがどうとか、あれがいいの悪いのといって、けっこう自分の自己の計算をやっている。
それと比べたら、あそこの廃屋と化しているあの旅館のほうがアッピールする力があると。

若松 僕はお母さんに会ったことがあるけれど、「國男ちゃんが帰ってきたら、迷うじゃない。これだけは壊したくないって」それでずっと置いているっていう。やっぱ、これは親心だね。吉野君の親もみんなそうですけど、親はみんななんか悲しく生きているんだな。 


塩見は、昨年12月、テアトル新宿にて開催された『若松孝二レトロスペクティブ』でのトークイベントにて次のような言い訳をしている。
塩見「広い意味で赤軍派も、日本民衆運動の負の部分を含め、また武装闘争における外国権威への憧憬、拝脆も含めた、先に挙げた未熟性をもっていた点で、責任を感じ、自己批判してきたが、連合赤軍の同士殺しという点では断固、関係ないし、責任はない。連合赤軍の問題はスターリン主義者のひとつの武装闘争のありかたであって、我々とは違うとはっきり言えるし……」(朝日新聞『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』)

なんじゃこりゃ。
まったくもって、自分が作った組織が犯した事件だという自覚がない。
これでは、不祥事があっても責任を取らない、キャノンやJR西日本なんかの企業トップと変わらないじゃないか。
これは、大東亜戦争終戦時から連綿と続く、日本独自の無責任体質が左翼にも浸透しているってことでいいのか?





映画でも再現されていたけど、母親が息子に悲痛の叫びを伝える。それに向かって泣きながら銃を撃つ彼ら……

坂東のお母さんの話は沁みたなぁ……
80歳をとうに過ぎた坂口のお母さんも、月に1度、死刑判決を受けた(再審請求中)息子に面会に通い続けている……

65207834.jpg
右翼の鈴木さんが最近出した『失敗の愛国心』。ずいぶん売れているようだ。そういえば、鈴木さんも「くにお」、連合赤軍の坂東と同じ「くにお」だ。

その中に「あとがき」で鈴木さんがお母さんに感謝の言葉を書いている。
一番迷惑をかけた母親に読んでもらいたかった。でも両親はもういない。母にすすめられて僕は「生長の家」に入り、そこから右翼の学生運動に入った。そして脱線し、暴走し、何度も何度も捕まった。もしかしたら、母親は「自分が『生長の家』に入れたからだ」と「負い目」を持っていたのかもしれない。だったら申しわけない。そんなことはない。おかげですばらしい世界に出会えた。すばらしい体験をした。その後、脱線し暴走したのは僕の「自己責任」だ。その失敗だってクリアーしたし、多くのことを学び、それを書いて、こんなすばらしい本までつくってもらえた。そう報告したかった。いや、きっとどこかで見ているだろう。「よかったね」と喜んでいるだろう。「編集者や本をつくってくれた人の恩を忘れちゃいけないよ」と母の声が聞こえた。「わかっているよ」と僕は答えた。



この歳になると、俺も、母親の愛情というものが深いものだと、つくづく思う。そして、何も親孝行をしてやれなかったことを悔やむのだ。

まったく情けない息子だったと思う……


posted by 死ぬのはやつらだ at 23:45| Comment(9) | TrackBack(4) | ガンバレ左翼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
足立、西部、若松三氏のトークイベント、よく活字に起こしていただけました。
お疲れ様です。ありがとうございます。
足立氏が降りたのは、この映画に限って言えば「正解」でしたね。
『連続13人暴行魔』の掛川正幸が脚本を書いて正解でした。アレも人がいっぱい殺される話だったけれど。

>これは、大東亜戦争終戦時から連綿と続く、日本独自の無責任体質が左翼にも浸透しているってことでいいのか?

ポルポト時代の裁判がいまだにまともにできないカンボジアとか、ダライ・ラマのチベットとか、中国共産党の独裁とか、日本だけでなく東アジアにはこのスタイルが多いみたいですね。ミャンマー、タイ、ネパールしかり。あ、キム将軍様も。(雑な言い方ですみません)

Posted by natunohi69 at 2008年05月02日 10:48
ボイスレコーダーから原稿起こすのは疲れました。
喜んで頂いて恐縮です。

足立さんが降りたことは、結果的に良かったと俺も思います。
難解な映画は、かえって連赤事件に歪んだ印象を与えることになったかもしれないからですし、俺自体が、そんな難しいものだったら観なかったでしょう。

>日本だけでなく東アジアにはこのスタイルが多いみたい

そうなんですよね。
結果的に、アジアでは日本がマシだって評価になってしまうんですよ。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年05月02日 22:58
佐伯啓思の『廃屋と化す「坂東」旅館』は表現者Qで読むことができます
表現者は西部の書くもの以外すべて面白い(西部のは陰陰滅滅でヤダ)
それに安いです
表現者(隔月刊) 2ヶ月で1000円
金曜日(週刊)  2ヶ月で8000円
金持ち左翼は金曜日を、貧乏右翼は表現者を読んでください
Posted by 蟹型円盤 at 2008年05月03日 21:27
蟹型円盤 殿
情報ありがとうございます。
「表現者」はデカイ書店にしか売っていないので、東京に行ったさいに買ってみますね。
あと保守雑誌としては「月間日本」も最近はおもしろいですね。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年05月03日 22:11
死ぬのはやつらださん、こんにちは!

若松孝二監督は私にとって思い入れのある人なので、映画『実録・連合赤軍』の大成功(と言ってしまっても良いでしょう)も自分の事の様に嬉しいです。

草の根的な上映スケジュールのため、興行的な成功に関して結果が出るのはまだまだ先ですが、この事件をなるべくひた隠しにしたいと思っていた連中に冷水を浴びせる事ができ、事件を知らなかった若い世代に連合赤軍の記憶を刻み付ける事ができた時点で、当初の若松監督の目標は充分達成できたと言えるでしょう。

劇場では一観客として若松監督本人に感想を伝え、握手・サインもしていただきました。

齢70を超えてこんなアグレッシブな反骨監督が居るのだから、まだまだ日本も捨てたもんじゃありませんね!
Posted by zozom13 at 2008年05月06日 17:28
>日本だけでなく東アジアにはこのスタイルが多いみたいですね
>アジアでは日本がマシだって評価になってしまうんですよ
 
 まぁ確かに西洋的見地からいえば正しいのでしょうね。そういう見解が。
でも、この曖昧なアジア的解決方法もぬるま湯に浸るようで心地よい側面も感じます。
昔々、Fazzyという単語がはやった時がありましたね。この単語、在米イラン人が作ったらしいとか。
キム君までいくと流石どうにかせねばとは思いますが。
Posted by T at 2008年05月06日 22:09
zozom13 殿
>事件を知らなかった若い世代に連合赤軍の記憶を刻み付ける事ができた時点で、当初の若松監督の目標は充分達成できたと言えるでしょう。

その通りで、それだけでも大成功だった映画でしょうな。俺も職場の若いの連れて2度も観ましたよ。
観るに値しないと言っている年寄りが情けないw

T 殿
その曖昧さが良い方向にいけばいいのですが、過去を考えると、戦争責任者の追及や政権交代ないままの自民党長期政権の温床となるなど、悪いことしか思い当たりません。
宗教は一神教よりも多数教の方が良いですがね。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年05月07日 00:28
トラバありがとうございました。
無責任体質ですか・・。生きようとしても死のうとしても、逃れることのできないものですよね。これでいいか、と自分の命を絶っても森さんや永田さんに「おまえ、だから、わかってないんだよなあー」ともう一発殴られるんでしょうね。それが左翼の総括かもしれませんね。
「じゃあ、なんて言えばいいの?」と素の表情でたずねる遠山さんの顔がどうしても頭から離れなくなってしまって・・。
こんなダメサヨではありますが、これからも時々遊んでください。よろしくお願いします。
Posted by ニャンケ at 2008年05月08日 22:11
ニャンケ 殿

現役の左翼ですか?

憧れの左翼に出会えて光栄です。
これからもヨロシクねがいます。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年05月09日 16:17
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