2008年04月29日

【明治大学】 拷問博物館と絞首刑

DSCF0579.JPG
明治大学博物館に逝ってきた。

そこには……ギャーッ!!

というものがあるのである。





DSCF0566.JPG
16世紀のドイツで作られた『ニュルンベルクの鉄の処女』
内部には無数の鋭い鉄の針が飛び出ていて、死刑囚はこの中に押し込められ、扉を閉じられる。針の位置は微妙に急所をずらされており、死刑囚は苦しみながら息絶える。


DSCF0573.JPG
それじゃあ苦痛だろうと、死刑囚を気遣った医者が発明したのが『ギロチン』。一瞬であの世に逝ける。
右手に見える箱に生首がポロンと落ちるようになっている。


DSCF0570.JPG
そして、現在の日本で執行されているのが『絞首刑』。
先進7カ国で死刑が存続しているのは日本とアメリカだけだが、いまだに『絞首刑』を採用しているのは日本だけだ。
アメリカでは薬物注射による処刑を行っている。車輪つきベッドに拘束された死刑囚は、先ずはじめに睡眠薬を注射され、次に呼吸障害を起こす薬物を注射される。

どう考えても、アメリカの死刑のほうが文化的(?)だし、人権に配慮(?)しているように思える。
死体処理にあたっても、不衛生ではないのではないか。

日本が『絞首刑』を採用したのは、1882(明治15)年に施行された旧刑法からであり、その方法はずーっと変わっていない。

死刑賛成派の人に問いたい、せめて、死刑の方法を変えようではないか。
それとも、もっと残酷な殺し方が良いのだろうかと。

DSCF0577.JPG
それならば、通行人が少しずつノコギリで罪人の首を切る『鋸挽』ってのもありますぜモトムラさんよ。


ラベル:死刑
posted by 死ぬのはやつらだ at 22:31| Comment(7) | TrackBack(0) | 犯罪報道と死刑制度・裁判員制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういえば数年前に書店で「図説拷問全書」(秋山裕美/ちくま文庫)というのを見かけたのでこれは面白そうだ(決して興味本位というのではなく)と思い買って読みましたのでこれらの処刑具の存在は知っておりましたが、まさか明治大学にそんなものが(博物館の存在すら)あったとは知りませんでした。
確かに昔の処刑方法は現代の基準に照らし合わせると残酷なものが多いですが、その処刑方法にはちゃんとした理由があり、また刑吏が処刑に失敗した場合は刑を免れるといった側面もありました。余談ですが中世ヨーロッパでは絞首刑は屈辱的な処刑方法とされ、主に身分の低い犯罪者や不名誉な犯罪とされた窃盗犯に対して用いられたそうです。
そうした歴史を踏まえればむしろ現代人のほうが死刑に対する感覚が麻痺しているともいえるのではないでしょうか。処刑方法が残虐でなくなるほど残酷な処刑方法を望む人間が増えて来ているのではないかと。。。
Posted by 亜凡怠夢 at 2008年04月30日 09:24
俺もこの博物館(地下にあります)の存在は知りませんでした。

いま読んでいる、森達也著『死刑』で、その存在を知り、やじうま根性で観てきました。
入場料は無料です!

>処刑方法が残虐でなくなるほど残酷な処刑方法を望む人間が増えて来ている

たぶん、死刑が公開処刑となれば、入場整理券を配らなければならなくなるほど、この国の国民は殺到すると思います。しかも大多数は貧乏人でしょうな。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年04月30日 12:55
はじめまして。
アメリカの場合ですが、《処刑が非公開となった主な理由は、処刑そのものや処刑後の死体を見に殺到する万単位の群衆にあり、真夜中まで続く混乱・騒擾状態を警察が規制しきれなくなったためである。当時の死刑廃止論者たちは、むしろ公開のままのほうが一般人を死刑廃止に導くと考え、非公開化に反対した》(『死刑百科事典』明石書店刊)そうです。
Posted by ヤマボウシ at 2008年04月30日 15:48
またお邪魔します。

>入場整理券を配らなければならなくなるほど、この国の国民は殺到すると思います。しかも大多数は貧乏人でしょうな。

ご指摘のとおりだと思います。元ネタがどうしても思い出せないのですが(ブルジョワ史観の本)、近世イングランドのロンドン市で、タイバーン処刑場での公開処刑が中止されたのも、押し寄せる群衆の呑めや歌えの乱痴気騒ぎに収集がつけられなくなったからだそうです。当時の銅版画が載っておりまして、屋台まで出てましたw 国家権力お墨付き貧民の憂さ晴らし(ガス抜き)の為の祝祭日だったわけです。日本で公開処刑を開始するとタイバーンの再現になるかと。
Posted by どむどむ at 2008年04月30日 20:26
>ヤマボウシ殿 どむどむ殿
死刑というのは、大衆が鬱憤を晴らす最高のエンタメなのかもしれませんね。

マルタン・モネスティエ『図説死刑全書』によれば、絞首刑が公開であった時代、絞首台の下で人々は飲み食いし、腐乱した絞首刑の死体の近くで、出店が開いていたそうですよ。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年04月30日 21:28
初めまして。
たしか渋沢龍彦さんの書いたものだったと思いますが、さまざまな拷問道具の描写がありました。その中に「鉄の処女」もありましたが、だいたい想像通りですね。

で、確かに死刑はエンターティメントだったようで、ギロチン発明前のフランスではルイ15世暗殺未遂犯が4時間にわたって残虐きわまりない刑罰を受け続けた末に絶命しています。

その時の見物人のひとりがかのカサノヴァで、3人の貴婦人と1人の青年が同席してカサノヴァとともに処刑を楽しんだという話しを知ると、何ともいえない違和感が喉の所までこみ上げてきます。
Posted by とむ丸 at 2008年04月30日 23:09
とむ丸 殿

これからも、よろしくお願いします。

いまは、多数の人たちが非正規雇用で、正規雇用の人たちの生活を支えています。
俺も、その1人ですが、その鬱憤は、犯罪者を糾弾する方向に向かっています。
職場の食堂でも、凶悪犯罪のテレビ報道に対し、「死刑」「死刑」との声が聞こえてきます。

本来なら、「政治」をなんとかしなければならないはずですが……

警視庁が発表している通り、昨年の国内における殺人事件の認知件数は1199件で、戦後最低の件数であり、戦後、一番安全な状況にあります。
しかし、安全不安を煽る、凶悪犯罪の意図的報道は、これら非正規労働者のガス抜き代わりとなっております。

早く民主党による政権交代が来ることを待ち望んでいるしだいです。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年04月30日 23:30
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。