2008年04月22日

【裁判員制度と死刑判決】 おめでとう 本村さん あなたの望む死刑判決が出ました 


せっかく、司法があなたの望む「死刑」と判決したのに、過去の法廷において、あなたを睨みつけたと(あなた以外は誰も見ていないようですが)いう被告は、卑怯にも上告しました。

さぁ、こんどは、この残虐非道な被告人と、彼を弁護した者たちを、どのような方法で復讐するのか?

あなたの応援団が、はやく死刑私刑をしたくてウズウズしていますよ…
この朝日の記者って。

最低だな。
2chあたりで、そろそろ出自や卒業アルバムなんかが挙げられるだろうね。

まっ、法に触れない範囲でやってみてください。


ニート人口が64万人、派遣社員が約1480万人。
みな、他人の不幸で憂さを晴らすのが、楽しみの一つです。
その意味では、来年からはじまる裁判員制度ってのは、ニートや派遣社員が「死刑」を連発できるチャンスが到来します。
これは、国民が合法的に「殺人」を犯す権利を、国家が認める制度だという見方もできます。
自分が罪に問われることなく、見ず知らずの他人を「死刑判決」で殺すことができるからです。
「誰でもいいから殺したかった」と供述した若者が、つい最近いましたが、彼も、裁判員制度で選ばれていたら、包丁なんぞ使わなくても、人を殺すことができたはずです……「死刑」と判断するだけでね……

今回の事件は、どうやら、自分たちを見捨てている社会に復讐したり、憂さを晴らしたい彼らが、「死刑判決」を安易に下す後押しになることになりそうな気がしてしまいます。



ところで、あなたの顔が、だんだん「ウラミ魔太郎」に似てきているような気がするのは、気のせいでしょうか?

コノ ウラミ ウラミ ハラサズニ オクベキカ

日本国民として恥ずかしくないように生きていきたいと思います
と、あなたは記者会見でおっしゃりました。
さて、どのような生き方が「日本国民として恥ずかしくない生き方」なのでしょうか?

俺は、楽しみにしています。「日本国民として恥ずかしくないよう」、
あなたが次にどのような「正義」の鉄槌を下すのかを……
あなたのご活躍を期待しております。
posted by 死ぬのはやつらだ at 21:46| Comment(15) | TrackBack(6) | 犯罪報道と死刑制度・裁判員制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は罪を憎みますが、それと同じくらいに国家による殺人を憎みます。死刑制度の存続を求める人は、この歌をテーマソングにしてはいかがでしょうか。

死ね 死ね
死ね死ね死ね死ね死んじまえ
黄色いブタめをやっつけろ
金で心を汚してしまえ
死ねアー 死ねウー 死ね死ね
日本人は邪魔っけだ
黄色い日本ぶっつぶせ
死ね死ね死ね 死ね死ね死ね
世界の地図から消しちまえ 死ね
死ね死ね死ね 死ね死ね死ね
死ね死ね死ね 死ね死ね死ね

「死ね死ね団の歌」川内康範作詞
Posted by 早川無賃乗車 at 2008年04月23日 00:09
ニュース23を見てたら、本村さんが裁判所に入る際、数人の見学者(?)がパチパチ拍手を送っていました。判決前だから「がんばれ!」「俺たちも味方だぞ!」という意味だったのかもしれませんが、すでに死刑判決が出たのを知ってる私にはマジで「おめでとう!」って言ってるように聞こえてウンザリしました。

酒飲んでても、何だか本日はユーウツですわ...。
Posted by やきとり at 2008年04月23日 01:05

 通りすがりが急に書き込みして悪いような気もするんですが、書きますよ?

僕は今のところ(こういう言い方をしなければならないのは嫌ですが)妻と子を殺されてはいないんですが、「妻と子を殺された」という事実は物凄く重い事であり、またそれが僕のような“今のところ”平穏無事な人間には理解できないくらいの恨みや悲しみを産む事であろうという事は理解できます。

僕は死刑廃止論者ですが、貴ブログのこのエントリでの表現には違和感を覚えます。
僕の主観に過ぎませんがとても本村氏に対して批判的な表現に思えます。
(文章を公にするからには読み手との相互作用次第でその文章の本質が変わることは言わずもがなですよね?)

そこで本村さんを擁護したいと思います。

彼が「死刑」を望むのは(法律の範囲内で罰する事を望んでいるとして)、言い換えれば「最高刑」を望んでいる事であろうとも思われます。現行法の最高刑は「死刑」です。ですから、この犯罪に対する刑にふさわしいものとして最高刑である「死刑」を望んだととれるのです。
(そうであれば)もし最高刑が「無期懲役」であれば、最高刑である「無期懲役」を望んだでしょう(繰り返しになりますが法律の範囲内で罰する事を望んでいるとして、です)。

彼が死刑を望むのは、日本国の刑法が定める最高刑が死刑である以上、正当です。
もし、最高刑が死刑ではなく、無期懲役や終身刑であるにもかかわらず死刑を望んでいる発言をしたならば存分に批判されて良いと思います(が、そうではないでしょう)。

貴方のシニカルな批判は本村氏に向けられるべきではなく、未だ死刑というものに対してラディカルな再検討を加えない司法に向けられるべきなのであって「あなたが次にどのような「正義」の鉄槌を下すのかを……」などと言う資格はないはずです(貴方が同じように家族を殺され、しかも犯人に死刑を望まなかった方であれば別ですが)。

「死刑」という言葉に過敏に反応して、批判すれば良いという姿勢を出されるのはいかがなものかと僕は強く抗議します。
それはとても“彼の言動の本意は〜かもしれない”という想像力を欠いた「サヨク的」な挙動であって、「死刑制度に対する疑義」という本質を離れ、個人を言葉によって血祭りに上げようとする軽挙妄動でしかありません。
 願わくばもう一度良く考えて頂きたいとせつに思います。
Posted by 無感動者 at 2008年04月23日 02:16
私も派遣社員です。ちなみに本村洋さん、弥生さんと同い年です。

自分を見捨てた社会への復讐、憂さ晴らしで合法的に「殺人」ができれば裁判員に躊躇無く選ばれたいです。そして正義のヒーローになって酔いしれる。
うずうずして仕方がありません。

(嫌味ですが)
Posted by ゴルゴ十三 at 2008年04月23日 05:51
無感動者のコメントに同感。
Posted by 通りすがり at 2008年04月23日 09:48
裁判は、司法は、被害者の恨みを晴らすための道具なのか?
ではどうして公害裁判において明らかに被害者である国民・市民に
不利な判決が多発するのか?

差し戻したのだから同じ弁護方針では死刑を免れない。
ならばと弁護戦術を変えた、と仮定してなぜそれが
「反省の色がない」と死刑の根拠となるのか?

死刑も無期懲役も、被害者を納得させるために課せられるもの
ではありません。加害者を罰するものです。そうでなければ、
被害者が加害者を直接罰しなければ意味がありません。

無感動者さんとやらが「被害者はいかなるときにも加害者に
対して望む罰を科せられる」という法律を作ることに賛成
するのであれば別ですが。

本村氏に対しては妻子を殺されたことに対して同情します。
私にも妻子がいますからね。死刑にしたい気持ちも
理解できます。

ただ、現時点において、本村氏が「何を言っても擁護されるべき人物」
だとは思いませんし、単純な感情で動くネット世論にベッタリと
寄り添った発言に気持ち悪さを感じます。これは彼自身に、と
いうよりも日本においては被害者家族はここまでしなければ
いけないのか、キチガイを死刑にしろ!しろ!と騒いでるだけの
ヤジ馬たちに「ご支援ありがとうございました」とでも言わねば
ならないのか、という気持ち悪さですけど。


それはそうと、

>その意味では、来年からはじまる裁判員制度ってのは、ニートや派遣社員が「死刑」を連発できるチャンスが到来します。

スティーブン・キング「バトルランナー」すら人道的に見えますね。
Posted by www6 at 2008年04月23日 09:54
一応、本村氏は被告人に責任をとれという姿勢をとっている以上、自分もその活動において責任を取る覚悟はできていると思いますが。本村氏に対する文句が合法的であれば(たとえ言葉遣いがひどくても)それを受ける覚悟をご本人はお持ちでしょう。ならばこのエントリーに文句をつけるのは他人がとやかく言うだけでしかなく、さらには本村氏の覚悟を貶めておられませんか。
Posted by ちょっと at 2008年04月23日 10:26
あくまでも私個人の考えですが、ブログ主さんは決して個人攻撃をするのが目的ではなく、復讐心から出たと思われる安易な厳罰化を望む風潮に対し異論を唱えたいのではないでしょうか。そして今回国民の代弁者(?)となった本村氏がたまたまターゲットになったと言う訳です。
為政者にとって死刑ほど楽な刑罰はないと思います。囚人に食事を出す必要もない最も安上がりな刑罰ですから、特に独裁国家では伝家の宝刀として長年重用されて来ました。死人にくちなし、たとえ冤罪による死刑囚であっても執行してしまえば、ハイお終い。犯罪者を更生させるという本来の目的を放棄しているとしか思えません。
翻って「民意」に従えば殺してあっさり苦痛を奪うより終身刑で死ぬまでつらい思いをさせたほうがより目的に適うと思うのですが?(笑)
しかも現実には刑務所を出所した前歴者の再犯率が高い事も更生施設としての機能を果たしていないように思われます。
つまり、政府も国民もどうすればこの世から犯罪が無くす事ができるかを全く理解していないという事です。いみじくもマルクスが人間は環境の産物であると言ったのはある意味正しい訳です。いかに厳罰化を進めても犯罪が決してなくならないのは歴史が示すとおり。犯罪を防ぐという名目で死刑で脅しつけ監視システムを発達させた国、そんなに居心地がいいですか?皆さん。
Posted by 亜凡怠夢 at 2008年04月23日 12:50
残念ながらこの被告の行為には情状酌量の余地はないでしょう。
死刑制度がある以上死刑にされても仕方ない。
死刑反対闘争っぽくしてしまった弁護団の戦術も逆効果のような。

私個人的考えでは、
死刑を受けるかどうかの判断は被告にゆだねる。
死を以て償いたい被告の自決権を認めるとでもいうか。
死ぬのは嫌だという被告は終身禁固。
死にたくなったらいつでも申し出られる。
こんな制度はどうでしょうか。
Posted by pulin at 2008年04月23日 13:58
マイケル・ムーア監督がイラク戦争において「本当に悪いのはチアリーダーになって戦争を煽ったマスコミ」と言ったらしいですが、この事件にも同じ事が言えるのではないでしょうか?偏向報道しまくったメディアとそれにのっかったグロテスク大衆にも。
Posted by うろこ at 2008年04月23日 14:09
ちょっと横から失礼します。
>貴方が同じように家族を殺され、しかも犯人に死刑を望まなかった方であれば別ですが
家族を殺されても犯人に死刑を望むことすらできない人は,
世界中に大勢いますよ。
それは戦争や内乱などによるものですが,
その人たちに貴方はどういった言葉をかけるのでしょう?
まさか「戦争だったんだからしょうがない」とでも?
こうした「個人的」な犯罪に「政治的」なものを持ち出すのは,
文脈が違うように思われるでしょう。
しかし、それと同様な違和感を、本村氏の
>日本国民として
というセリフに感じてしまうわけです。
当初の本村氏の「叫び」には相応の切迫感があり,
私も家族を持つ一人として「この人が死刑を望むのは仕方がないだろう」
と感じていました。
が、最近は何やら「正義」というものを体現しようとしているようで,
どうにも共感致しかねるのです。
それは彼の周囲や大阪知事に煽られた人たちの欲望に、
彼も煽られてしまっているだけかもしれませんが…

願わくば,この先本村氏には「日本国民として」より「一般市民として」生活して欲しい。
どこぞの政党から立候補などしませんように。
Posted by オサーン at 2008年04月23日 14:25
これは、国民が合法的に「監禁・強制労働」を犯す権利を、国家が認める制度だという見方もできます。
自分が罪に問われることなく、見ず知らずの他人を「懲役判決」で監禁することができるからです。
女性を拉致監禁した若者がいましたが、彼も、裁判員制度で選ばれていたら、暴力をなんぞ使わなくても、人を監禁することができたはずです……「懲役」と判断するだけでね……
Posted by YO!! at 2008年04月23日 14:37
死刑のほかに、生き恥さらしの終身刑というものが何故この国にないのだろうか。
Posted by HNわすれた at 2008年04月23日 17:10
森達也の『死刑』から、
本村が森に送ったメールの引用を少々

p.313-314
「死刑問題の本質は、「何故、死刑の存続は許されるのか」ではなく、「何故、死刑を廃止できないのか」にあるのだと思います。換言するならば、「何故、権力は死刑と言う暴力に頼るのか」、「なぜ、国民は死刑を支持せざるをえないのか」です。
「犯罪被害者が声高に死刑を求めている」からではなく、「社会全体が漠然と不安である」から、死刑は廃止できないのだと思います。

引用は以上。

少なくとも、本村自身は自分を悲劇のヒーローだとは思ってないとは思いますよ。
そう煽り立てているのは善悪二元論でしか社会を考えられないマスコミや、リテラシー能力のない一般人ですから。

でもまぁ「漠然とした不安」ってのは、ちょっと苦笑しますね。その不安が漠然としているのは、事件さえなければ妻子と幸せに
暮していたはずの本村のような「普通の」人間達が、貧困層に押し付けた現実の地獄なのですから。
安定労働層は「いつか家族が殺されるかも」と不安を抱くんでしょうけど、貧困層たちは妻も子供も殺されないんですよ。だって最初っから得ることができないんだし。
Posted by 赤木智弘 at 2008年04月23日 23:20
私はどちらかっつーと死刑反対派です。何故かというと『死人に口無し』的発想が嫌だから。ぶっちゃけ本件についてはメディアと俗世間の安っちい正義の産物だと思っとります。
Posted by Sonytimer at 2008年04月24日 01:56
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