当時、週刊誌マスゴミに叩かれていた、あのデビ婦人。
彼女をダシにすると、ある日本人像が浮かび上がる。
それは、いまでも通用する情けない実態だ……
デビ
もう、たくさん、いまさらと思うでしょう。それに、根元七保子という日本名をすてた彼女は、確かに、国籍は日本人じゃ、ありません。けれども、デビに、どうしても日本人を見てしまうのです。たとえば、こんなふうに……(朝日新聞)
私の日本人論〈デビさん〉
とってもねたみ深いんです。日本人って。
あたくし、それを自分自身で体験しました。
まあはっきりいえば、ナイトクラブに一度でも働いた女に、あんな出世をさせてなるものかという風に、日本人は思っているんですわ。
これは、人間のもっとも醜いねたみだと思うんですよ。島国根性っていうのかしら。
それから、上の者には弱く、下の者には強く、また強い者にはホントに弱いし弱いものには強いのねえ。
これで、仮にも、あたくしが貴族の出であったりしたら、みんなお世辞たらたらでしょうね。
日本人って、同じ民族からひとりだけ飛びぬけると、すごくしっとするんです。
あたくしというひとりの日本人女性の成功、存在、価値というものを認めたくないんです。非情にはげしい抵抗があるわけね。
でも、あたくし、ごーまんのように聞こえるかもしれませんが、これは、成功者の宿命じゃないかと、最近は思えてきました。(パリからの電話1)
あたくしの戦いのひとつに日本人との戦いが、あったと思うんです。(パリからの電話2)
縁切り デビさんは、あるテレビで語った。「母と弟をなくし、日本にはもう肉親はおりません」
ところが、日本には、まだ、ちゃんと肉親がいる。異母兄姉たちである。
兄の根本正次さんは語る。
「大工の兄貴がいると困るらしいんですよ。日本へきたって、一度だって連絡したことがないんだから。籍だって、インドネシアに行く前に、無断で抜いてるんだ。もう、わしらとは縁切りたいわけさ。ひどいもんだよ」
ひとかど 「ひとかどの人間になるまではお会い致しません」
中学校の恩師へあてた年賀状で彼女は宣言した。「ひとかど」になるために、年齢をいつわってナイトクラブに勤めた。夜間の高校は棒に振った。
「だって高校出たって、先が知れてるわ」
弟に、こう語っていたという。チップをもらって帰った姉に弟は目を見張った。
あたくしは、大和撫子だと思います。それは、非情にほまれ高い女性という意味です。(パリからの電話3)
トップ ひとり娘のカリーナちゃん。よく週刊誌のグラビア写真に登場する。デビさんが、なかでも一番。相好をくずしたのは、美智子さまを抑えて雑誌のトップに出たときである。
「美智子さまが、カリーナの裏にいるなんて、お宅の週刊誌気にいったわ」
馬の骨 俳優の津川雅彦とドライブに出かけたことがある。彼女は、他のクルマの追抜きを許さない。抜かれたら「すぐ、あの車、追越してちょうだい」
「自分のほれた男性は、どこの馬の骨ともわからないヤツとは違うというホコリがあるんです。だから馬の骨なんかに抜かせちゃ、ダメよ、とくるわけです」と湯川。
週刊誌にとって、あたくしはターゲットでした。故意に、また悪意を持って中傷するんです。
あたくしは、幸いにも、まっ殺されることなく現在まで存立しておりますけど…(パリからの電話4)
ズレ 「女性自身」編集人、富田耕司氏
「戦後女性の生き方としては典型ですね。だから、こちらもスターを紹介するように、いろいろみせてやる。ところが、ご自身のおっしゃること事実のズレがはげしい。ホステスやってたなんて、はじめはいわない。医学生だったなんていう。で、じゃあ、ホントのことを書こうとなるわけです。
とにかく、いろいろにぎわすような持っていき方をするんです」
ヘビ マスコミぎらいという。なのに、パリのアパートには、自分についてのスクラップブックが山とある。日本から、週刊誌をいまでも取りよせている。
週刊誌の記事についても、以前はゲラを持ってこさせ、朱をいれたこともしばしば。自分の好みの写真しか使わせず、残りのネガは焼却させたケースが多い。
「あの執念ぶかさは、ヘビみたいだ」
ある週刊誌記者は首をすくめた。
ファンレターのほとんど百%は、女性なんです。ああ美しい、ああキレイなもの着ている、というあこがれなんです。あたくしがどんなに苦労して今日に至ったか知らないんです。それがわかったら、あこがれは、尊敬にかわるはずです。(パリからの電話5)
光る デザイナーの森英恵さんは、パリやニューヨークのパーティーでの彼女に舌をまいている。
「とにかくだんぜん光っちゃうのねえ、あの方。別にドギついいでたちではないのよ。エレガントにやって目立つのねえ」
彼女にいわせると、デビはつまらぬ買い物はしない。ここぞというときには、たっぷりカネをつぎこむ。たとえば、すその長いイブニングドレスをミンクに仕立てにするとか。
ヨメ入り先 インドネシアに招待されたことのある前凸版印刷社長未亡人、山田菊枝さんの話。
「1世紀に3人、出るか、出ないかの女性よ。ジャクリーヌだって、問題じゃないわよ。それを何ですか。ヨメにいってまで、悪口いうなんて。大体人のこと気にしすぎよ。
インドネシアでクーデター起きた時だって、日本人はひとりだって電話してこない。こわいわけよ。外国の大使館の人なんか、ずいぶん心配してくれたんだから」
苦界 デビさんと対談したことのある作家、平林たいこさん。
「だあれも、あの人のことなんか、あこがれてませんよ。コロコロして色気なんか、ありゃしません。写真の方が、ずーっといい。
でも、昔は、水商売にはいるのは苦界に身を沈めるといって、親とか、兄弟のためでした。あの人は、自分のために飛び込んだんだからご立派。
生活に苦労した日本おんなの典型ね。ソロバン高いというか、生活の知恵がとても発達してます」
結論
デビさんの日本人論を社会学者の島田宗介氏に分析してもらうと…
「どこの国の人だって、成功者には、やきもち、やきます。日本人に限りません。それをデビさんのように、日本人ってだからいやだ、みたいにいう。そこんとこがとっても日本人的ですね」
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この記事が掲載された1972年1月3日
連合赤軍の榛名ベースでは、既に進藤と小嶋の2名が「総括」により殺されていた。
そして、午前1時ごろ、遠山美枝子は、永田の森への入れ知恵により、小嶋和子の遺体を埋葬させられたあげく、自分で自分を殴らされるという「総括」をさせられている…
翌日の朝には屋外の柱に縛られ放置されていた、加藤兄弟の長男、加藤能敬が死亡している。
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