2008年02月19日

【衆議院議員・保坂展人】「愛国心」と「自己責任」の歯車が噛み合うときが怖い

昨日の阿佐ヶ谷ロフトのイベント「愛国心」の続き。

衆議院議員・保坂展人氏の話だ。

彼の話は初めて聞いたが、ヨカッタ。正直、福島党首よりもマトモだ。




(鈴木さんの)愛国心がどんどん競争になっていくって話は、なるほどなぁ、(愛国運動を)やっていた人でないとわからない感覚だなぁと思いまして、その極め付けが評価だと思うんですね。評価と言うのは通信簿です。
通信簿の評価は全国何ヶ所かで、2年前に既に小学生で愛国心を理解しているかどうかの通信簿が既にありました。それが、問題になった地域もあるし、全然、問題にならないで使われていた地域もあって、そこを当時の小泉首相に聞いたところ、彼は「評価はいきすぎかなぁ」とこういうことを言ってましたね。
ただ、安倍首相は、彼とはちょっと違って、あまりハッキリとは発言しなかったんですけれども、そんな議論を国会で持ちました。
政治プロセスの中で、教育基本法、実は競争という意味では自民党も民主党も競争したんですね。どっちが愛国的かってことで。
民主党の教育基本法に対する対案では、愛国心というのを書いたんですね。ところが与党自民党が出したやつは、公明党との協議を十分続けて、公明党が愛国心という言葉だけは入れさせない。
どうなったかというと、「わが国と郷土を愛する態度を養う」となったんですね。
民主党の法案提出者が、「うちの案には愛国心ときちんと入っているじゃないか、どうですか」と聞くと、小泉氏が「なかなかいいなぁ」という話で、委員会の中では「そういった議論自体がおかしいのではないか」というのは少数の意見で、これがひとつの象徴的な出来事だったのです。
態度ということでいいますと、「愛国心よりも薄まった」と公明党の人は言っていたんですが、「わが国と郷土を愛する態度」これの方が厳しいんじゃないかと思うんですね。心の中でどう思っているのかはなかなかわからないと、態度というのはわかるんですね。君が代・日の丸で立つのか座っているのかで。
町田市の教育委員会で君が代の声量指導ってのがあったんですね。学校の先生たちが、最終的には親も子どもたちも対象になるんでしょうけれども、どうも君が代よりも校歌を歌う方が声が大きい、校歌並みに国歌も歌って欲しいと。たぶん機械で計測してですね、校歌とどれだけ声量が違うかというのをやろうとしたんで、ずいぶんエッと思ったんです。結局はやらなかったんですけど、やらなかたのは批判があったからではなくて、もう十分趣旨は浸透したからやらなくてよくなったということでした。
冗談でビデオカメラで歌っている表情を捉えて本気で歌っているか解析するというようなことを言い出す人が出てくるのではないかと言うと、反対している側も推進している側も、そういうところまで来たのかと思う人もいれば、それは良いやと言う人もいるわけですね。だから、心の問題というのは、機械で読み取れるわけじゃないですか。偉そうに歌っているか、乱暴に自棄で歌っているか、そういう歌い方ってのは誰にでもわかるわけだけど、そういう機械で読み取っていこうという話も冗談として通じないという雰囲気を感じました。
教育基本法の時も、国会ではなかなか、鈴木さんにも来て欲しかったんですが、社民党の(参考人)割り当てがこなかったんでお招きできなかったんですけれども。
教育基本法の次に何ができたのかというと、余計な法律がいっぱい出来ているんですよ。健康増進法とか。そんなの勝手にやれよとメタボ診断とか、これからいろいろでてくるのですが。
富士山敬愛法という法律がもしでてきたらどうだろうと。
日本の山を象徴するのが富士山であると。国民はこの山を国のシンボルとして敬うことと。それを態度で表さなきゃならないから、新幹線で通るときに手を合わせて拝むと(場内爆笑)。そういうことを冗談・皮肉でブログに書いたことがあるんですが、そうしたら「保坂さん、この法律に反対します」と真面目に受け取った人がいたんですよ(笑)。
児童虐待防止法案を作ることになった青少年特別委員会というのがあって、実は教育基本法の改正の次は、青少年基本法を彼らは考えているんですね。
青少年基本法というのは何かというと「若者はどう生きるべきか」なんですよ。若者はなっておらん。なっておらん者は型にはめなきゃいかん。しかし、若者はそのことがわかっていない。だから青少年基本法というのを作ってですね、希望の指針としようということなんです。これは、国会の調査室で調べたら、そんな法律は世界中にどこにもない。韓国にかつてあったそうです。国連の「子どもの権利条約」が出来たんで、それに国内法を合わせることをやっているのが世界の情勢です。
一貫して、政治プロセスの中では、タガをはめようとする力が強く働いているのだと思います。一方でフリーターの労働条件が厳しくなっている。この条件の中で気になることは、自己責任って言葉ですね。自己責任って言葉が聞かれるようになったのは10年ぐらい前だと思うんですよ。
あるシングルマザーで、とても苦労しながらお子さんを育てているお母さんと言い合いになったことがあって、その方が「自己責任ですよ保坂さん」と言うのを聞いて、「自己責任なんてのはないんだよ」と僕がずっと言って、自己責任ってので1時間半ぐらい議論になっちゃって。とにかく「自己責任なんだから、頑張るのも自己責任なんだ」というから「自分で責任を負えないことがあるから、政治や社会保障があるんだ」とずいぶん言ったんですけれども、すごく自己責任って言葉にこだわっていた、というのが10年前のことの記憶なんですね。
その自己責任ってことと現状を批判しない、いまの世の中の歪みや軋みみたいなものを、「社会が悪いのかもしれない、不当に歪めているのかもしれない」と思わずに、「こんな自分が悪いんだ」と自虐的になる。
子どもたちのイジメの問題を10年ぐらい前に取材していて、80年代は「復讐してやる系」のね「何でイジメられなきゃいけないんだ。これは不当なんだ。だから逆襲してやるんだ」という手紙や意見が多かったんですけれども、90年代になってから、非情に自虐系というか「イジメられる自分が悪いんだ。存在していること自体が間違っているかもしれない」みたいな、非情に圧迫された中でそういう声が強くなっていったんですけど、そういう意味で、非情に社会自体が一人一人のプライドとか最低限の生活さえも打ち砕いて、若い人も30代40代の人も含めて相当酷い状態になったときにですね、にもかかわらず、そうしらしめた者に対する怒りとか憤激ではなくて、そこを自己責任という形で引き取ってしまって、より弱い、もう少し自分とは不幸な少数派の人たちに排除の力学が向かい、それに政治プロセスの中の愛国心というのが噛み合うと怖いなと。
僕は、いまは完全に噛み合ってはいないと思います。それは安倍内閣の終わり方が影響していると思うんですけど、そういう危険な歯車が噛み合わずにすんだ。でもこれからそういう中で噛み合ってしまうかもしれない。
その意味では、自己責任って言葉をどうやってひっくり返すのかが先なんじゃないかと思います。
posted by 死ぬのはやつらだ at 08:51| Comment(4) | TrackBack(1) | この国のスバラシイ国民と社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
70年安保闘争を、私が高校生で闘っていた時に保坂展人は麹町中学生として闘っていて、大した中学生だという評判でした。
そしてそのころ、30代半ばの映画監督、プロデューサーとして<闘う映画>を次々と世に送り出していたのが、若松孝二監督でした。その若松監督が、ベルリン国際映画祭で『実録・連合赤軍』で二つの賞を受賞しました。多少強引な書き込みですみませんが、出来たら見てやってください。本当にトピずれですみません。
http://www.wakamatsukoji.org/blog/2008/02/06.html
Posted by natunohi69 at 2008年02月19日 11:29
「かあべぇ」ばかりが、マスゴミでは取り上げられていましたが、若松監督の快挙ですね。

「実録・連合赤軍」受賞おめでとう!
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年02月19日 12:53
ヒロヒト映画の監督が撮ったレーニンの映画見たかしらん?????
Posted by loveminus0 at 2008年02月19日 19:10
loveminus0 殿
観ていないんですよ。
東京まで観に行くとなると、貧乏人には重い腰なんで…

でもソックリらしいですね。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2008年02月19日 21:28
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