2007年10月16日

【鈴木邦男】明治憲法私案に命がけで「革命権」「抵抗権」を盛り込んだ植木枝盛

また、東京大井町で行われた「9条フェスタ」での鈴木邦男さんの講演の続きを紹介する。

その中で、紹介された自由民権運動の植木枝盛。
彼が明治憲法制定時に発表した私案。

その中身は、いまの我々が驚くほどアナーキーな内容であった。

言論の自由のない、あの時代に、人民に「革命権」「抵抗権」を与え、「死刑廃止」までも訴え、「婦人参政権」も主張した。

護憲派にこんな覚悟あるのか?

ただ「9条」さえ守ればよいのなら、俺たちは明治時代の人間よりも後退した自由で満足した「国賊」、覚悟のない「非国民」と言われても仕方ないべ。







●「憲法24条」を歌った歌謡曲知ってました?

鈴木 アメリカは、良かれと思って日本国憲法を作ったんでしょう。だけど、どんな良い憲法でも、自分たちが1週間で作ったのを押し付けたということに対して、やましさを感じていないのかなぁと思ったんですよ。向こうの人たちにいろいろ聞いたんだけどね、それ以前に、まず知らない。日本国憲法をアメリカ人が作った、ということも知らない。9条も知らない。なんか情けないなぁと。そのことを知っていればもっと、いまの改憲論議でも変わると思うんですけどね。
それと、面白い話を聞いたんですけどね。先月かな、社民党の大会に行って、最近こう左翼の集会ばっかり行っているんですけど(笑)。その大会で新谷のりこさんが「憲法9条の歌」を歌っていました。新谷さんというのは、僕ら学生のころ、「フランシーヌの場合は」って歌ってましたね。その人が憲法9条をそのまんま歌うんですよ。それで思い出してね、4月にニューヨークに行ったとき、ベアタさん(憲法14条・24条を書いた人)が「憲法24条の歌が日本にあるそうですが」と言われて、「えっ、そういえば、むかし僕も聞いたことあるな」と思ったんですよ。でも誰に聞いてもわからないんですよ。さっきね、常市先生に聞いたら、「知っている」っていうんですよ。それで、なんと守屋浩が歌っている。また、軟派な歌手が(笑)。せっかくだから歌ってもらいましょう(拍手)。
24条しってるかい

(上野登代光原案 服部レイモンド詞・曲)

何てったって お父さん 僕はあの娘がすきなんだ
おてんば娘じゃ あるけれど すなおなやさしい いい娘だよ
結婚てのは両性の 合意によって決まるのさ
お父さんたら 知らないの 憲法24条を

ねえ 憲法24条って知ってる?
婚姻は 両性の合意 両性の合意のみに
基いて成立するんだからね
これが憲法24条なんだよ おとうさん
  
憲法なんか 知らないが 24条 いかせるぜ
好きな2人を 添わせれば 心中なんか 無くなるさ
明治生まれじゃ無理だけど 時代が変っているんだよ
もっと勉強 しておくれ 日本国の憲法を
   


●なぜ日本政府は民主的な憲法試案を出せなかったのか?

僕は、アメリカ人が作ったというなかでも、特にベアタさんというのは、昔ね、ガチガチの右翼学生の頃は、ベアタさんは当時22歳でしたからね。22歳の女性が日本の憲法を作ったと。22歳といえば、日本では大学4年生ですよね。女子大生がレポートを書くような、気楽な調子で日本の憲法を作ったとはふざけていると思いましたね。でも、いま考えると、そういう蛮勇というか、勇気がなかったら出来なかったでしょうね、日本人じゃ。それと、ジェームズ三木さんが書いた本で『憲法はまだか』という本があって、それはNHKでもドラマになって、非常に良い本ですね。そこの中で、「なぜ日本が民主的な憲法を作れなかったのか?」ってことを書いているんですね。だって戦争に負けたんだから、徹底的に民主的な憲法の試案を作ればよかったんですよ日本政府は。でも出せなかったのはなぜだろう。それは、どうせ占領は1〜2年ですぐ終わるだろうと。そのときに、非常に民主的な憲法を作ったら、「なんだアメリカに迎合しやがってバカヤロウ」と、愛国心がないのか、非国民と言われて、命を狙われるだろうと、そういうことがあったんだと言うんですね。そういう意味では彼等も命がけだったのでしょう。



革命憲法

その当時は十幾つ、民間の私案ができているんですね。それは、最近見た『日本の青空』という憲法制定の映画なんですけれど、それに鈴木安蔵のことが出ているんですよ。さらにこの映画で非常におもしろかったのは、鈴木安蔵の人民主権だとか民間の私案など占領軍はまったく相手にしなった、と思っていたんですね。ところが、鈴木安蔵の私案を占領軍総司令部が見て、それを参考にしたと。映画ではテキストにしたといってましたね。えっそうかと思って。さらにおもしろかったのは、明治憲法が出来た頃は、もっと言論が不自由だったでしょう。ところが民間の私案が五十幾つもあったんですね。そこの中ではね、植木枝盛という自由民権運動の人なんですけども、その人が非常に過激な私案を作っているんですよ。革命権、抵抗権、そして死刑廃止。120年前ですよ。いまだって考えられないじゃないですか。それを日本では120年前に作っていた。そういう伝統があって、大正デモクラシー、鈴木安蔵の憲法研究会、そういう民主主義の日本の伝統があって、それを占領軍はテキストにしていまの憲法を作った。日本国憲法は我々がつくったんだと言っているんですよ。すげーなと思って。僕はね失礼ながら「日本人に憲法なんぞ作れやしねぇ」と思っていたんですけれど、でもこの映画ではそうじゃないと。自虐史観を廃止して、日本は憲法に対するきちんとした考えをもっていたんだと。憲法版・自尊史観だと、大変影響を受けましたね。それで、最近、植木枝盛って人を中心に読んでいたらね、こういう本があって、僕が学校でテキストに使ったんですよ。家永三郎の『革命思想の先駆者』という岩波新書で55年前に出た本です。家永三郎ってのは、僕らは家永教科書っていって、「非常に反日的な教科書で許せない」っていって、よくデモにいったし、裁判にもいきました。「家永三郎を殺せ」なんていってましたね(笑)。いま読み直すと、非常にすばらしい人で感心しています(爆笑)。その中で、植木枝盛の革命的思想がくわしく紹介されているんですよ。
もし政府が人民保護の使命に反し、その雇主である人民を残害するにいたれば、もはやそのような政府は政府の名に値しない人民の公敵であるから、人民はその抵抗権を発行してこれを打倒すべきである。
普通には、君主に敵対し、政府に反抗するものをもって国賊と呼んでいるが、たとい君主に敵し、政府に抗しても、人民を殺し、これを傷つけないかぎりは、国賊ではない。反対に、たとい君主であろうと政府であろうと、人民をそこなうものは国賊である。

「安寧」「治安」は、それが人民の幸福の増進に役立つかぎりにおいて尊重せられるべきものであって、「安寧」「治安」それ自体に価値があるわけではない。「安寧」「治安」を維持するために人民の幸福が残害されるならば、そのような「安寧」「治安」
はむしろ排斥に値するといわねばならない。

さらに天皇制のことでもね、驚くべきことをいっているんですね。
日本の天皇陛下が神であるならば、すみやかに日本の政治法律世界をぬけ出し、一瞬も早くこの汚れ穢れた国家をお離れ遊ばして清浄無垢の天に行ってしまわれるようにして上げずばなるまい

いまそんなこと言えますか(爆笑)。左翼だって怖くて言えないでしょう(爆笑)。
言論に関する覚悟とか自由がね、どんどん狭まっているというか、堕落しているんですよ。そういう意味で僕は、かつては赤軍派の人とか全共闘の人たちがね、「革命憲法つくれ」とか「いまの憲法はブルジョワ憲法だ」といっていたくせにね、いま憲法9条を守れだなんて、だらしのない話だと思うんですね(大爆笑)。120年前に自由民権運動の植木枝盛が言ったように、革命権、抵抗権が入った憲法を作れと、天皇が嫌だったら、天皇制打倒と、ハッキリ言えばいいじゃないかと。それで堂々と論議をしようと言っているんですよ。それを、ただ9条だけを守ろうと、このへんでやっぱり踏み止まらなくちゃだめだ、なんてだらしのない話だと思いませんかみなさん(笑)。


posted by 死ぬのはやつらだ at 09:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 日本国憲法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
植木枝盛、懐かしいですね。とか言うのはヘンか。
大学時代の一般教養で『憲法』をとったら、
この人のことを教わりました。
「当時、これが一番進んだいい案でした」
と教授が熱弁していたのを憶えています。
Posted by オサーン at 2007年10月17日 16:55
植木枝盛、俺はこの人のことをまったく忘れておりました。お恥ずかしい限りです。

Posted by 死ぬのはやつらだ at 2007年10月27日 23:35
象です。

民主的な憲法は憲法ではありません。むしろ、民主主義や君主主権などの絶対権力を排除し、権力を制限することに憲法の存在意義があるのです。だから民主的な憲法は、むしろないほうがよいのです。
Posted by at 2008年03月27日 17:06
>民主主義や君主主権などの絶対権力を排除し、
>・・・
>だから民主的な憲法は、むしろないほうがよいのです。
・・・ということは、マッドマックスのような世界になるのですね。わくわく。
Posted by ほあ〜 at 2008年04月30日 21:04
やつらださん、みなさん。こんにちは、私は理由あって憲法研究会メンバーの杉森孝次郎について研究しているミツハルと言います。
その理由とは、杉森が憲法研究会草案をGHQに提出したとありますが、民間人の一人にすぎない杉森がどうしてGHQ本部に提出できたのでしょうか?普通でしたら怪しい人物とされ、拘束か門前払いを受けるのが当然と考えるのですが杉森はそうされる事はありませんでした。杉森に何かバックがあったのでしょうか?3年調べていますがまったくわかりません。おわかりになりましたらぜひ教えてください。ご返信の書き込みお待ちしております。
Posted by ミツハル at 2009年04月30日 11:55
俺も不勉強な者で、よくわかりませんが、杉森孝次郎は戦前でもリベラルな人間だったことは確かですよね。
http://russell.cool.ne.jp/SUGI-PRE.HTM
ですから、GHQでも知られていたと思いますよ。
それと、彼が考えたと云われる象徴天皇制はGHQにとって都合の良い制度だったことも興味深い事実ですよね。
Posted by やつらだ@ミツハル  殿 at 2009年05月01日 22:14
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