しかし、そこには男同士のイタイ問題があったのだ……。
森 進○
■1947生まれ。演歌歌手。
■中学卒業と同時に集団就職で上京。幼いころからの歌手への夢の実現を目指し、数十ケ所のアルバイトを経験する中、芸能界への近道として、新宿二丁目に顔を出し始める。
■二丁目、売り専の歴史に燦然と輝く神的存在。二丁目出身者ではスター街道を突き進んだ成功者。
■1964年、チャーリー石黒(ゲイの作曲者)に見そめられ、弟子入り、これはチャーリーのお稚児さんになることを意味した。1965年、フジテレビ系の歌謡番組に出場して優勝し、歌手の道へ。
■若い純情な男の子が好きなチャーリーに飽きられ、猪俣公章に救われた後、ゲイの大家である古賀政男が18歳の彼のかわいさに一目惚れし、自分の元へ引き寄せた。渡辺プロに所属させたのも、ビクターレコードに決定したのも、古賀の力だった。
■若い美少年が好きな古賀にも飽きられる寸前、1966年に「古賀先生の曲をLPで出したい」と肉体関係を武器に迫った。レコード会社が違い、契約上無理なことだったところ、古賀が手を回し、それを成し遂げ、さらなる成功を収めた。
■新宿二丁目の売り専時代のスキャンダルで、プロダクションにヤクザによる恐喝が続いた。
■1971年、『おふくろさん』(詞・川内康範、曲・猪俣公章)が大ヒットするが、作詞家の川内も有名なゲイであり、彼を気に入り、かわいがる。川内を「おやじ」と呼ぶ愛人関係がこのとき、結ばれた。
■2007年の『おふくろさん』をめぐる騒動は、かつての愛人との痴話ゲンカである。もともと、ゲイへの肉体提供を成功への足がかりとしていたにすぎないため、自分から何か愛情を示すことをするわけがなく、川内がぼやいた「恩師なのに、ケチで食事をおごってもらったこともない」などという愚痴は、援助を受ける側だった彼からしたら、当然のことだったという。恩師とはいえ、肉体関係を持ち利用した大物ゲイの中のひとりにすぎない。若い肉体を武器に計算高く愛の無い援助交際でのし上がってきたスターのひとりなのだ。(鹿砦社『ゲイ能人 勝手にカミングアウト』より)
うーむ、川内氏がゲイだったとは……。
右翼=ゲイってのは、三島由紀夫をはじめ、よく聞く話しだ。男らしい=ゲイってわけだな。
そういえば、石井監督の名画『狂い咲きサンダーロード』でも小林稔侍(上記書にてゲイと認定されている)扮する右翼団体の構成員がゲイって想定だった。
逆に左翼のゲイっての聞いたこと無いね。「アジトで雑魚寝してヤッチまった」って話はナンボでも聞いたことあるがな。






でもこの場合のポイントは「暴力の匂いがする政治活動家で、ゲイ」ってことだろうと思うんで、所詮は大学教員のフーコーはちょっとチガうかもしれませんナ。言ってること(左翼方面)とやってること(ゲイ方面)の過激さってことで言えば、フーコーも充分にスゴいんですけどねー。
森氏がそーゆー人だってのは、故・竹中労氏の読者(オレとか。笑)なんかにゃジョーシキだし、「尊皇家の平和主義者で護憲派の右翼」という(故・田中清玄氏なんかと相通ずる)川内氏の立ち位置も今や大変貴重なものだと思うしなぁ。
連投多謝。
そこに俺もシビレルね。
田中清玄は転向した共産党員の中でもスジが通った怪人物でしたな。
ミヤケンよりも、共産党史に燦然と輝く存在だ。
まさに!!
しかし、それだと、ニホンにおけるサヨク≠フ存在意義は(旧自由主義圏ヨーロッパ諸国なんかとはまったく違い)、「叛乱≠フヤり方を後続世代に教える」つーことしかないつーことになりますな。ううむ。
素人の俺が思うに、その違いがわかりにくい。
だから、北一輝の思想に浅沼稲次郎は共感したんでしょう。
>「叛乱≠フヤり方を後続世代に教える」
結局は、左翼って「革命」やれてナンボのもんじゃいだと思うな。
それと同様に、右翼は暗殺やって価値が出る。
どっちにしろ、時の国家権力に対する脅威とならねばいかんと思うよ。