2007年08月17日

丸山眞男の右翼観から新右翼は始まった

6月11日に行われた一水会フォーラムは、結成35周年を迎えた一水会を振り返る鈴木邦男さんの講演『一水会35年と今後の使命』でした。

俺は夜勤で行けなかったのですが、レコンキスタ7月号に講演の記事が掲載されておりました。印象に残った部分を転載します。





以前「週刊朝日」で宮崎学さんが右翼の諸団体の代表と会談して、その主張を特集した記事が載っていました。後で「右翼の言い分」という本になっていますが、その会談の中で、宮崎さんは思想家、丸山眞男を引用しています。
丸山は戦前、戦中の大陸浪人、右翼、国士とされる人たちの心情、生き方を批判しています。彼は「天皇制」も批判している。だから、天皇を奉じて運動する人にも頭の痛い批判をしていました。
「右翼、国士と言われる人たちは日常生活ができない。恐喝などをして生活をしている。普通の生活ができない。カネにだらしがないし、女にもだらしがない」そういった事を書いていた。つまり、そういう人たちが天皇を奉じて国を変えると偉そうなことを言っている……と。
丸山は右翼、国士たる人たちを批判することで、彼らが信じる天皇制、天皇、国家・日本そのものを否定しようとしたのですが、なんと宮崎さんはその丸山の右翼観を紹介した後に「いいじゃないかアナーキーで」と右翼を好意的に評価しています。「こんな見方もあったのか」と僕は思いました。
僕らが学生運動を早稲田でやっていた頃、丸山眞男は今以上のカリスマでした。結構分かりやすい文章で「右翼」を批判する。
日本学生同盟や全国学生自治体連絡協議会で集まって丸山の話をすると、「右翼ってそうだよな」「我々はそうはなりたくない」と批判的に語っていました。だから、丸山眞男の右翼観から「新右翼」がスタートしたともいえます。

恥ずかしながら、俺は丸山眞男を読んだ事がない。名前だけは頭の片隅にあったが、ほとんど忘れていた。
その名を思い出させてくれたのは、フリーターの有名人・赤木智弘くんの『「丸山眞男」をひっぱたきたい』である。

丸山は、右翼の生き方を批判していたようだが、いまの天皇自身は右翼をどう思っているのか?
基本的にファンというものは、肥大化すれば一人歩きをはじめて厄介なものとなっていく。
矢沢永吉とヤンキー、池田大作と創価学会幹部などを想像したらわかりやすいのではないか?

俺思うに、どう考えてみても、天皇=品格=右翼とはならないと考えるのだが。
もっと具体的に言えば、右翼=朝青龍
もちろん、これには左翼も当てはまる。
 
posted by 死ぬのはやつらだ at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ネトウヨに負けるな右翼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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