2007年02月11日

元祖ヘタウマ漫画家 ナベゾ逝く

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ナベゾ画伯こと、渡辺和博が2/6亡くなった。全身にガンが転移していたそうだ。

たまたま右翼特集を読みたくて、先週の週刊朝日を買っていたのだが、嵐山光三郎の連載エッセーに書いているナベゾの挿絵が、かなり汚くてヘタウマの画風ではない、ただのヘタになっていたことが気になっていた矢先のことであった。

ナベゾと言えば、学生のときに立ち読みした、「ガロ」に掲載されたヘタクソな漫画がショックで、その後「たらこクリーム」なんか買いました。84年のベストセラー「金魂巻(キンコンカン)」は絶版ですが、再販が望まれますな。

週刊朝日2/23号には、嵐山光三郎による追悼文が載っているが、ナベゾの結婚式の豪華出演者が書いてある。
和博氏はヘタウマ漫画家の元祖のひとりとなり、1980年に結婚した。南伸坊夫妻との合同結婚式は、日比谷公園の松本楼でひらかれ会費5000円だった。
仲人は赤瀬川原平で、伸坊と和博という弟子がいたから「弟子の七光り」といわれていた。乾杯の音頭が糸井重里、場内整理篠原勝之、接客係安西水丸、林静一、司会嵐山光三郎、会計松田哲夫、記念写真荒木経惟といっためんめんで、みんな貧乏だった。
二組で5000円会費だから、一組2500円で、テーブルの上にはトリのカラアゲばかりが並んでいた。
ちょうどまん前の帝国ホテルでは山口百恵さんの三億円結婚披露宴がおこなわれていて、200人ほど集まった客は、カラアゲの骨をしゃぶりながら、「おれたちだって負けねえぞオ」と怪気炎をあげた。

その後、結婚式に出席した友人たちは「ガロ」や「ビックリハウス」関連の人が多い。その後、みなさん「マル金」になっていったわけです。

03/10肝臓ガンで入院。その入院生活を感動しない闘病記として「キン・コン・ガン!」を出版していたのもナベゾらしい。その本に書かれた病院からは、ガン再発後、入院拒否されて、慶応大病院に入院した。

嵐山によれば、ナベゾの母は広島で被爆、被爆者手帳を持っていた。しかし、ナベゾは「そんなのいらないよ」と被爆者手帳の申請をしなかったという。

遺稿となった「ヘタクソなペコちゃん」は、右目が見えない状態で、ベッドの中で朦朧として書いたものであった。

渡辺和博 享年56歳

posted by 死ぬのはやつらだ at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 墓碑銘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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