2007年01月01日

殉教者サダム・フセイン絞首刑


昨年末に行われたフセインの絞首刑。

イスラム教シーア派住民148人を虐殺した「人道に対する罪」で死刑が執行されたわけだが、はたしてそれが良かったのか?

フセイン政権下では、教育と医療は無料。中東諸国のなかで進学率も高く、暮らしは豊かだった。閣僚にキリスト教信者を据えるなど、他のイスラム諸国よりもある意味政教分離が進んでいたのだ。

自由があるが、貧しく、死と隣り合わせの生活と、自由がないが豊かな生活。究極の選択だと思う。

「神は偉大なり。この国家は勝利するだろう。パレスチナはアラブのものだ」

彼の最後の言葉だ。

米帝に利用され、米帝に殺された男、実相寺昭雄と同じ享年69歳。



posted by 死ぬのはやつらだ at 15:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 湯田や人と中東情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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フセイン死刑執行:「人道に対する罪」に想う
Excerpt:  12月30日午前6時(日本時間同日正午)ごろ、サダム・フセイン(69)イラク元大統領の死刑が執行されました。  フセインは首にロープをかけられる直前に、「神は偉大なり。国家(イラク)は勝利する..
Weblog: KAZUHIRO.SWIM
Tracked: 2007-01-03 00:29
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