イーストウッドでも日本人をどれほど描ききれるのか、という疑問はもっともだと思うが、心配しなくて良い。
駄作「男たちのYAMATO」よりも数千倍、素晴らしい日本映画だと断言する。
正直、前作の「父親たちの星条旗」で、予告編見てデキは大丈夫かと思った。
続編の「硫黄島からの手紙」の出来が気になる。予告編が上映されたが、「ラストサムライ」や「男達のYAMATO」に出てきた俳優のイメージで感情移入は困難なのではないかと……。
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ところが、その心配は杞憂に終わった。特に、予想以上にジャニタレ二宮和也の演技が良かった。この映画の主人公は、栗林中将ではなく、無名の兵士、西郷である。
「パン屋の俺が、なんでこんなところで砂を掘らなきゃいけないんだ?」
大宮に妻とまだ見ぬ娘を残してきた西郷の感情は、観客をドラマの中に誘い込む。
日本軍伝統の制裁と言う名のリンチによって、ボコボコにされている最中に現れる栗林中将。海岸線、水際での陣地構築を止めさせた彼は、西郷にとって有難い存在となり、最後まで、西郷と関わることとなる。
1927年、米ワシントンの日本大使館武官補佐官として、アメリカに長期滞在した栗林は、現地で走り回る自動車の圧倒的な量を目のあたりにして、日本との工業力の差に文化的衝撃を受けていた。
「アメリカは世界の大国だ。日本はなるべくこの国との戦いを避けるべきだ。その工業力は偉大で、国民は勤勉である。アメリカの戦力を、決して、過小評価してはならない」と。
ところが、皮肉にもA級戦犯東条の差し金によって、硫黄島守備隊長になるとは…人生とはこんなものか…
水際作戦を放棄し、地下要塞構築で徹底抗戦するという栗林の作戦は、海軍に猛反発をくらう。いつもの日本映画では、馬鹿な発言をするのは陸軍と決まっているのだが、この映画では、海軍が馬鹿者として描かれている。
その大役が伊藤海軍中尉こと、飲酒運転の河原乞食役者の中村獅童だ。これが適役で、この映画一番のはまり役。これでもか、これでもかと、憎たらしい役を演じる。
劇中、二ノ宮演じる西郷たちが、擂鉢山から脱出して、海軍の司令部に到着、獅童が激怒して、西郷たちの首を日本刀であわや斬りつける、というシーンがあるが、実話だ。
事実では、斬りつけようとしたのは、井上海軍大佐で、到着したのは海軍大尉と数名の兵士。井上大佐の副官が、それを制止させたという。
その後、獅童は栗林の命令を無視して、地雷を身につけ、部下共々前進しようとするが、誰も付いてこないのがコッケイ。「華々しく散ろう」と考えたのに、最後は米軍捕虜というのも笑えた。戦後は悠々と自民党議員ってのがお似合い。「靖国で会おう」などと声高に言う者こそが、生き残るのが世の末…
前作の「父親たちの星条旗」で行方不明となったイギーが日本軍に銃剣でメッタ刺しで惨殺されるシーンもあるが、逆に捕虜となった日本兵が殺されるシーンもある。米軍もならず者の海兵隊だから当たり前だ。それと、米軍は硫黄島攻略時に、ジュネーブ条約違反の毒ガス使用を検討していたことも、我々は知っておいたほうがよいだろう。
俺が、気に入ったのは、バロン西こと第26戦車連隊長・西中佐だ。栗林中将よりも好感がもてる。
ロスオリンピック馬術優勝の愛馬ウラヌス(天王星の意)。そのたてがみを身につけていたのも映画で描かれていた。
西中佐の父は、外務大臣まで務めた西徳二郎。華族であった。オリンピック開催中、西はバロンと社交界でもてはやされ、ハリウッドスターと情交した。ロスから西は、武子婦人にあてて、たった一度、はがきを送っている。その文面にはただ一言、「おれはもててるよ。アバよ」。カッコ良すぎるぜまったく……。
映画では、栗林とジョニーウォーカーを飲むシーンが、米国通である2人を印象づけている。
火炎放射の米兵を捕虜としたシーンも実話だ。ポケットの母親からの手紙には、毎日帰りを待っていることが書かれていた。西は副官の大久保と酒を飲んでいた。西は射撃をやめるよう命令し、若い捕虜を見て、自分の子供のことを考えたという。捕虜と話(尋問ではない)をすることを西はためらわなかった。2人は、もし西がアメリカにとどまっていたら、あるいは硫黄島に赴任する命令を受けなかったら、どうなっていたかを話し込んだ。そして、翌朝、捕虜は息を引き取った。
擂鉢山での手榴弾自決の場面は、この映画で一番壮絶なものだ。
栗林の撤退命令がありながら、上官の命により、「天皇陛下万歳」を叫び、無残な肉片となす擂鉢山守備隊の兵士たち。
映画秘宝1月号座談会でも書かれていたように、「あんなに手榴弾があるなら敵に投げろ」と思うが…いかにして、生き恥を晒さない死に方をするのか、それを考えるのが日本人であった。それに反して、捕虜となっても脱走して、また敵と戦う、と考える米兵……。
しかし、奇行と思える日本軍兵士の心情、それは、いまの俺にそのまま被さってくる。ある意味、「硫黄島」に流されたも同然の俺は、いかにして最後に「徹底抗戦」するのかを考えねば……そのときは、今すぐではないが、遠い将来でもないと考えるのだ。






いわゆる反戦映画でないところにこの映画の値打ちを感じました。
とにかく太平洋戦争の日本軍を見ていて思うことは、戦う以前にそれが態を成していないことによる失敗を延々繰り返すことがなんの反省もされず、大本営の嘘の上塗りと大将たちの失態隠しによって放置され赤紙一枚で戦地に送り込まれた人たちが無残に死んでいく様は靖国がどうのとか天皇陛下万歳がどうとか以前の精神主義が癌だということが嫌というほどわかるってことです。
山田風太郎が戦中派不戦日記のなかで繰り返し蛇蝎のごとく忌み嫌っていた不合理の窮みである「日本精神」。
そういう精神主義を持ち出した背景は、物量で劣る日米の差を埋めたいだけではなく明治来受け継がれてきた天皇の軍隊という優性民族教育の弊害が横たわっているとしか思えない。
>その後、獅童は栗林の命令を無視して、地雷を身につけ、部下共々前進しようとするが、誰も付いてこないのがコッケイ。「華々しく散ろう」と考えたのに、最後は米軍捕虜というのも笑えた。
そうそう、途中で自爆攻撃するのやめるんですよね。かっこわりーです。
>ある意味、「硫黄島」に流されたも同然の俺
この記事書いてからだいぶ経ってますけど、今は大丈夫なんですか? 気になります。
御心配なく。
それならよかったです。
脱原発は日本の核兵器の潜在能力を消すことになるので結果的に保守は大抵脱原発の方針には向かいません
以上
産経新聞にそういう投書をして載っけてもらったらー?
m(_ _)m