2011年07月30日
平沢進という名が懐かしい。18の時にパンクとニューウェーブにかぶれていた自分が好きで聴いていたP−modelというテクノポップのバンドがあった。そのリーダーが平沢だった。
posted by 死ぬのはやつらだ at 01:00|
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ECOのウソと原発と環境問題
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日本人の皆さん、少しは怒りましょう
Excerpt:
『稲わら放射性セシウム汚染の拡大』
福島県産肉用牛から国の暫定規制値(1キロ500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出され、7月18日県内のすべての出荷を自粛。福島県の昨年2月時点の肉用牛農家..
Weblog: 逝きし世の面影
Tracked: 2011-07-30 08:19
原発村の度し難い「やらせ」体質
Excerpt:
『原発安全神話、政官産学報、既得権益鉄の五角形』
九電による『原発安全神話』やらせメールが発覚したと思ったら、やっぱり中部電力でも発覚。四国電力でも同じことをやっていた。
『やらせ』は前代未聞の..
Weblog: 逝きし世の面影
Tracked: 2011-08-01 08:43
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8918738
やつらだ兄ちゃんの毒舌が時折痛みに感じるし(それゆうのか?!って)、
時折 おお!よくぞ!とも思う
フクザツな今日この頃。
兄ちゃんの言葉の弾丸、何処に向けるかは 兄ちゃんの自由だ。
・・・けど、その方向によっては、まるで弱いもんイジメに見えたりする。
ブログ始めたばかりの頃だったっけ。ちろが、家を追い出されそうだった時に、
まじで(リアル方面でも)心配してくれたひとを、ちろは兄ちゃんと呼ぶことにした。
困窮してるひとをほっとけないのが コワモテやつらだ兄ちゃんの裏のカオだ。
それは いまも生きてる。だからこその、 毒舌コワモテなんだろう・・・。
と、ぶつぶつゆうてもおた。
バズーカぶっ放すなら、一番の根元、に。ラジカルにぶっ放すのがカッコイイ。
困ってる人達に向けるの・・・ちろは賛成しない。でし。
ぐぐ。ネタ違いエントリで ごねて、ごめん!なさい。
ちろも やっぱ、ニューウエイブかぶれ。
ここにはしゃしゃり出たい(笑)。
P-MODEL!ちろならこの曲だあ!
http://www.youtube.com/watch?v=WvwIU9iU3us
懐かしいやねえ・・・。
ついでに、こちらも・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=uUjJLWXAZKE
未来はキレイニ art blind
いや、直接でなく、ズラさせてください。ズラといったからって、アデランス西山の話ではありません(笑)。
俺、障害者だからさ、この時期、複雑なんだよね、気持ち。
デビッド・リンチの映画『エレファント・マン』がヒットした時、俺も自身のサイトで「研究」と銘打って大々的に褒めそやしたが、ドリフの『全員集合!』で茶化しの対象になるエレファントマン=ジョン・メリックに、象男ならぬ(極度の障害痩せで)ガイコツ男の俺は複雑な思いがした。
いま、福島原発事故の放射能汚染がらみに、がん、白血病の将来増加(突然変異)とともに、“奇形”が“恐怖”の対象になっていることに、とてつもなく肩身の狭い思いを強いられている同胞がどれだけいるだろう。
俺はかつて、手塚治虫の『人間ども集まれ!』をもじって、「この世に障害者の数の比率が上まわれば、障害者問題は別の様相を呈する、それこそ面白いではないか」と思い、提起したことがある。
奇形ってなんだ? おまえらだって多少なりとも奇形ではないのか?(笑) 醜男、醜女をあからさまに差別するクセに(笑)。
頭が2つ、手が3本、指が12本の人がどんどんどんどん生まれたからって、何が怖いんだ? あたらしい価値観ができるだけだろう。すでに、食も水も汚染され、生活が一変している今、人間の形容だけ3・11以前に求めるのは贅沢というものだろ。
頭が2つ、手が3本、指が12本の人の姿を見馴れればいいだけの話じゃん。
それが何か……
311以降、時折 兄ちゃんのエントリに持った 違和感の表明と、
ココロ踊ったあの時代の音を、しばし、楽しむだけのつもりだったけど・・。
意外な方向へ転がったなあ・・・。
本間さん、大胆なプレゼンでし。けど、
うん。もっともだなあ・・・。とも想う。
周りの偏見や差別が無ければ、生きていくことに 問題は無いぢゃん!て。
極論だろか?
スペースオペラのスターウオーズでは、全く住んでる星が違い、容姿や生活の形態が異なる者同士が協力し合って 帝国を退けた。
同じ地球上に住む人間同士。慣れないうちはショックかも知れないが、
共生・共棲出来ないの?出来るんじゃないか?・・・って、想像した。
精神障害者(←ちろだよ)の うわごと、スーパー・性善説の世界かも知れないね・・・。
障害者の立場から言えば、存在が否定されていることになるんでしょうね。実際、そのようなツイートがされています。
先週、このような記事が目に留まりました。
「出生前診断で異常発見し中絶、10年間に倍増」
http://bit.ly/otrM7b
エコーが発達した現在、奇形は事前に判明し、ほとんどが中絶される可能性が大きくなるでしょう。
TVでは絵ずらの良い障害者だけが取り上げられますね。車いすの足が悪いだけの人とかが人々に安心されるようです。
大ヒットしたエレファントマンの時も、実態は見世物小屋見たさが日本人の本音だったのではないでしょうか?
そもそも1つ目の子どもを愛することはできるのだろうか?
自分も含めて、キリスト教的な意味での愛など持ちいえないのではと考えてしまいます。
口では人権だの愛だのと言っていますが、それじゃあエレファントマンと情交できる女性がいるのか?
たぶん無理でしょうね。
昔「トワイライトゾーン」という米国のSFTVドラマがありました。その中で整形手術を受けた主人公の話があります。ドラマの最後まで顔を包帯でぐるぐる巻きにされた主人公。まわりの医者や看護婦の顔は映し出されません。主人公は手術が成功したか心配します。
さて、包帯を取る日が来ました、そこで初めて主人公が見る、医者や看護婦の顔……それは全員が醜い化け物の顔になっていました。もちろん包帯を取った主人公の顔も化け物。この星の人類の顔はそれが標準だったというお話です。
破壊力満点な一曲です。