2011年04月07日

【騙された者の責任】福島第1原発見学したら東電から5000円の謝礼に騙された人たち

「私たちは、安全を最優先に変革にチャレンジしながら地域とともに歩む明るく、活力ある、発電所づくりをめざします」

ふくいちモニターという東電のHPのトップに掲げられた文句だ。
http://www.tepco.co.jp/fukushima1-np/ca3016-j.html

全画面キャプチャ 20110407 174706.bmp.jpg
地元の住民を原発に招き見学させ、1回につき謝礼金として5000円払うというもの。
原発って、どれだけ儲かるんだかw


痛いのは原発モニターとなった住民の感想だ。

全画面キャプチャ 20110407 174644.bmp.jpg
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原発に対する、すべての誤解や不安は「知らない」というところからきている、とモニターの住民は書き記している。

酷な言い方を云わせてもらうが、40年間、危険な原発とノホホーンと生きてきた地域の住民は、小泉純一郎なら「自己責任」と言われても仕方ないのかもしれないな。
大東亜戦争敗戦後に「国に騙された」と責任回避した国民同様に、「騙された者の責任」というのは東電同様にこの地域の住民にも重くのしかかる。
原発誘致を訴えた政治家を選挙で選んだのも、この地域の住民だ。東京都民が選んだのではない。
彼らは、放射能汚染という自己責任を一生背負って生きていくのだ。

NHKのアンケートが放送されていたが、
「原発立地の地域は利益を得て、何も受けない自分らは被害だけ、理不尽」
と、原発で利益を得ていた住民への恨みが綴ってあった。

金に目がくらんだ無知の涙で責任は逃れられない。


posted by 死ぬのはやつらだ at 19:48| Comment(9) | TrackBack(1) | ECOのウソと原発と環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん、このエントリーには同意できないなあ。
やっぱ被害者は被害者だよ。
危ないとわかってても、仕事を得るために、生活を維持するために、原発が必要だった土地の「貧しさ」が元々にあると思うし。これは沖縄の基地と同じ構図だよね。

原発と共存しなければならないのなら、安全だと信じたい気持ちになるのは無理もないと思う。

>地元の住民を原発に招き見学させ、1回につき謝礼金として5000円払う

www
この時点で「胡散臭い」と思えるアタシたちは、無知でいさせられるという圧力から逃れられているというラッキーがあると思う。原発をフツーに危ないと思えるようになるだけの「環境」に恵まれてきたんだよね。

もどかしさはわかるけど、被害者に「自己責任」は問わないでおこうよ。
それをやり始めると、性犯罪被害者も派遣労働者も全部そこに収束されてしまうよ。
Posted by みみず at 2011年04月08日 00:03
実は俺の生まれ故郷の近くにも原発があり、そこは今一番危ない原発として名が挙がる誰でもああそこねと思い浮かぶ原発なんですが、そこの住民にもじゃぶじゃぶ金を握らせて反対派を切り崩していったことを知らない地元の人はいない。

しかし哀しいかな、原発推進のために金で頬をはたかれたことを知っていながらそれ以上に原発建設の是非に言及が向かないところが日本人クオリティー。

さすがに自業自得という言葉を投げかける蛮勇はないけど、事態をウスウス知っていながら引き返すことのできない長いものには巻かれよの戦艦大和の沈没志願航海に見る非合理的な日本人の感情こそが事態を引き起こしたということを俺も含めて改めて噛みしめねばならないですね。
Posted by 無産者 at 2011年04月08日 00:29
 それをいうなら放射能漬けをこうむったことで帳消し、というより原発の恩恵をこうむった俺らに百倍以上の罪があると思うよ。
 「おまえらバカだ」でやり合い、敵にして向こうに押しやり、数を求めてこなかった報いが原発推進派の跳梁跋扈、ひいてはこの惨事、体たらくでしかないのだよ。
Posted by ホンマ at 2011年04月08日 03:40
不確かな話なんですが…

東電原発から逃れて避難した町村の、避難先での処遇や充実ぶりというヤツが、実は原発を受け入れていた所と、そうでなかった所とでロコツに違うとか何とか。

http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201104030234.html

いや、この記事に「原発を受け入れたか否かで格差が生じている」なんて裏付けが直接出てるわけではありませんが。

生殺与奪権含む、生活環境丸ごとを握られたその上で、「体制に従うや否や」と強いられた果て、従ったヤロウたちは自己責任だ愚民だ!というのでは、確かにあまりにも救いが無い気も。高潔・清廉・理想なんて、何それ食えるの?という人間の方が圧倒的多数なのでしょうから。無論、私も含め。

札ビラで呆気なく子孫の未来を「売った」ヤロウたちは悪だ敵だ劣等人種だ!といった論調だけでは無く、そんな手口で庶民を抱き込む事に何の呵責も無いような汚らしい手合いこそ、真の敵だと考える事は出来ないでしょうか。

コスタ・ガブラスの名作映画「Z」('69)では、善良で小心でつましい市井の庶民たちが、日々の身過ぎ世過ぎを送る中で、臨むと臨まぬとに関わらずいつの間にかファシスト軍事体制に染め上げられて行く…という様を淡々と描き、恐ろしい内容でした。戦前戦中の日本社会だって、きっと似たようなモノだったのだろうな、と想像出来ます。


「一億総懺悔」論かよとやつらだ兄がお嗤いになるのであれば、返す言葉もありませんが…。
Posted by Meifumadoh at 2011年04月08日 05:41
原発による電力を使っている者もやはり同罪かなとも。

俺はずっと原発に反対だしその電力も使いたくないが他に選択肢が無いから使わされているのだ、なんて偉そうに唱えてもしょせん逃げを打っているだけのような気がします。

これは責任うやむや一億総懺悔論ではなく、直接的な責任者はやはりいるし、間接的な責任者もいる、という話です。
Posted by pulin at 2011年04月08日 06:26
世の中〜〜〜馬鹿なのよ〜〜!
Posted by 一応介護員 at 2011年04月08日 23:30
やつらださん。
この前、東電前でかーちゃんと一緒にお目にかかって、とてもうれしかった。
いい面構えしているおっさんだった。
うむ、なるほどと思った。
次に会ったときは、いっぱいやろう。

互いに頑張ろうぜ!!!
Posted by 田中洌 at 2011年04月14日 09:19
>田中さん

高円寺のデモのYouTubeでも田中さんが映ってましたよ。こんどゆっくり話したいですね。
Posted by やつらだ at 2011年04月14日 10:56
浪江って原発建設中じゃなかったかな?
双葉は実は財政難だったというし(岩波の「世界」によると)、内情はどうなのかはともかくまあこういう話は出てくるだろうなあと思ってました。もちろん避難民を受け入れる福島の内陸のほうの人の中にも内心そう感じてる人はいるだろうし。
石川県の珠洲原発の反対運動のときは隣の町村の反対が結果的に生きたんですよ。県会議員の選挙で反対派が超保守王国で3選もしたんだけど、立地する珠洲市の彼への得票はわずか、でも隣接の自治体からは圧倒的な得票を受けていた。でずっと「○○(隣町)のもんのせいで原発止まった。高速道路の計画も来ない。おかげで珠洲は破綻寸前。原発のある志賀は豊かなのに」という恨みつらみが珠洲にはあったらしい(さすがに今はそうは思ってないと思う)。まあホント地の果てのような場所だから、そういう考えになってしまったんだよね。冬場に出稼ぎ行かなくて住む(○○(隣町)は能登杜氏の里で有名)は、子供が都会に出なくて住む、みたいなね。
Posted by milla at 2011年04月15日 15:46
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