2006年05月25日

【満州帝国と阿片】日の丸はアヘンのトレードマーク

北朝鮮による覚せい剤密輸事件が新聞を賑わしているが、そんなの大日本帝国が侵略地中国において行ってきた阿片ビジネスと比べれば、カワイイもんだ。

以下、久保井規夫著『戦争と差別と日本民衆の歴史』(明石書店)より。

ケシ類未熟果実に傷をつけて滲出する乳液を乾燥乾固したものが阿片だ。阿片に含まれているモルヒネは、鎮痛・鎮静・催眠・快楽をもたらす薬剤となる。末期癌患者に使用されることが多い。しかし、連用すると中毒となり、常用しないと禁断症状に苦しむこととなる。モルヒネにアセチルを化合したのがヘロインで、薬効・中毒作用は、更に強くなる。中毒に陥ると、増量して使用しないと禁断症状を起こして死亡するし、常用すれば衰弱して早死にする恐ろしい麻薬だ。この阿片の中毒作用を利用して儲けようとする悪いやつは後を絶たない。国家自体が関わって中国へ密輸したのが、オランダとイギリス、そして我が日本なのだ。

1840年、イギリスは、中国(清王朝)への阿片密輸を禁止された事に貿易の自由を妨害したなどと恥ずべき口実で阿片戦争を仕掛けた。中国は敗北し、イギリスの阿片の毒牙はますます中国民衆を蝕んでいった。中国の弱体をみて、欧米列強は不平等条約を強要し、清王朝は阿片亡国・植民地化の危機に陥ることとなる。
麻薬中毒の恐ろしさに、1912年にハーグ阿片条約、1925年国際連盟によるジュネーブ阿片条約が結ばれたが、欧米の帝国主義者たちは自国への阿片の弊害を防いでも、中国への阿片密輸は続け、それに日本も加わっていった。中国の阿片中毒者(隠者)は増加し、消費される阿片は900万貫(当時5億円)に上った。輸入額を減らそうと中国国内のケシ栽培を認めたが、かえって阿片中毒者を増やすこととなった。1912年、辛亥革命後の中華民国による阿片禁止も、軍閥との抗争や内乱で進まず、そこへ日本の侵略が始まってしまった。

日本は、阿片戦争に驚き、当初は、ケシの栽培や阿片の輸入を厳禁した。しかし、すぐに、医薬品としての鎮痛・麻酔剤としてモルヒネ・ヘロインが必要となり、日本は、阿片の製造・売買や輸出入を政府の許可・専売制とした。
やがて、中国侵略に伴い、中国の阿片問題に介入していくのである。日清戦争後に台湾を領有したことで、日本は阿片中毒者対策で阿片を必要とし、ケシ栽培と阿片輸入は本格化することとなった。
大阪府三島郡福井村の二反長音蔵(にたんおさおとぞう)は、台湾で必要な阿片の殆どを輸入に頼っている貿易赤字を改善するため、内務省後藤新平の支持で、ケシ栽培に取り組んだ。モルヒネ純度の高いケシの品種改良に成功して、大阪府・和歌山県・京都府・岡山県・福岡県の医薬品原料の商品作物として、農村の収益を高めた。

さらに、遼東半島・山東半島・満州そして上海租界地では、日本陸海軍の特務部が、治外法権の特権を利用して阿片の密売を公然と進めた。医薬品や中毒是正の目的とは無関係となり、中国人相手の阿片・麻薬販売の利益を得ることと、中国民衆の阿片中毒による弱体化が主目的となったのである。このとき陸海軍の手先として活躍したのが笹川良一児玉誉士夫たちだ。戦後右派の黒幕となり日本を動かしていく曲者たちは阿片で莫大な財産を手中にする。自民湯なんぞ阿片の金で動いていた麻薬党なのである。

拡大した市場は、もはやイギリスの阿片密売の比ではなく、大規模なものとなっていった。植民地朝鮮半島でも、中国への阿片輸出のため、3万〜8万人が従事して、毎年、約8千haのケシを栽培し、毎年、約4万キロもの阿片を製造することとなった。阿片・麻薬の需要は増大し、三井物産三菱商事が、ドイツ・イラン・トルコ・シンガポールの阿片・麻薬を一手に輸入していた。英仏によって、中国華僑の活躍した東南アジアにも阿片の弊害は及んでいったのだ。実に欧米に成り代わった日本は大東亜阿片圏と言うべき阿片の毒牙をむき、三井・三菱の阿片船がアジアを往来した。
三井物産は上海へ、1938年4月に約3万トン、1939年1月に約7万トンもの阿片を運び込み、南京維新政府の財政を助けた。三菱商事は三井の3.5倍もの量を1939年2月に満州の大連へ運び込んでいる。

南満州進出、21カ条要求満州事変と中国への日本の侵略は拡大、さらに日中戦争へと突入する。日本は、中国の占領地に満州帝国を始めとする傀儡政権を次々とデッチあげていく。
これらの傀儡政権や親日の軍閥は、日本軍の擁護の下に、阿片を政府・地域の許可・専売制として、阿片・麻薬の利潤を日本軍と分け合った。傀儡政権の満州・内蒙古では堂々とケシが大量栽培されていた。
満州帝国では、約3000万人が20万貫の阿片を吸引し、毎年4万貫の阿片が輸入され、約7万町歩のケシ栽培が行われていたと言われている。
阿片王と呼ばれた二反長音蔵は、満州の長白・臨江・安図へ3回、また満州の熱河省へと指導に赴いている。長白市だけでもケシ栽培は216万坪にもなっていた。中国軍閥の張宗昌(阿片将軍)は日本軍と組んで。吉林・黒竜江省で50〜60万貫のケシ栽培を扱ったという。
内蒙古の山西・チャハルの傀儡政権「蒙古連合自治政府」でも阿片が製造され、張家口には阪田組のヘロイン製造工場があった。阿片・塩・鉱山物が政府の重要な財源となっていたのだ。
日本の占領地経済をまとめていた興亜院が阿片・モルヒネを製造・輸入・販売を管理する組織となり、中国民衆を阿片漬けとしていったのだ。
日本軍の占領地で、日の丸を掲げて商人が阿片も販売したため、中国人が、日の丸を阿片販売の商標だと思っていたという笑えない話も残っている。

さすがに、日本政府による阿片販売は国際問題とされ、国際連盟の議題となっている。
天津の日本人居留地は、今や世界のヘロイン製造、及び阿片喫煙の神経中枢として知られている。洋行あるいは外国商会名で経営される阿片あるいはヘロイン魔窟の数はまさしく千を超えている。しかのみならず、白色麻薬を公然販売するホテル店舗、その他の建物が数百ある。……中国人・ロシア人及び外国人が汚れた板の上に横たわっており……魔窟の第1室には朝鮮人の女が。ヘロインと不純物とを混合する仕事に忙しい。……注射は汚い注射器で、時には自製の物でなされる。針は決して洗ったり、消毒したり、取り替えることはない。梅毒が自由に針を介して一人の阿片常用者から他の者へ蔓延する。私は、胸一面が腐って壊疽のような肉塊をなしており、拳全部を差し込むことができるような穴が体にある阿片常用者を幾人も見たことがある。こんな腐敗しつつある辛うじて生命を保っている死体に、麻酔剤の注射器を次から次へと差し込むのである。(国際連盟阿片諮問委員会議事録よりエジプト代表ラッセル・パッシャの陳述)

なんとも酷い、日本による阿片汚染の実態である。これが大東亜共栄圏の実態である。

シンゾーの祖父岸信介は1936年10月に満州国国務院実業部総務司長(満州国における行政機関。同国は議会を持たなかったため、国政の最高機関であった)に就任。満州時代に関東軍参謀長の東条英機や日産コンツェルンの総帥鮎川義介ら軍部や財界要人と関係を結んでいった。阿片による莫大な金が岸に動いたことは容易に想像できる。
シンゾーは中国に対し強気の発言をしているが、中国に阿片を広め、その甘い汁を吸ってきた祖父を尊敬する者の発言に説得力はない。


posted by 死ぬのはやつらだ at 04:27| 東京 🌁| Comment(15) | TrackBack(1) | 大日本帝国と戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分達の過去の悪事は綺麗さっぱり忘れて他国を非難するというのはあまりにも虫のよい話。
どうしても北の国を批判したいなら、まず日の丸と君が代は捨て去るべき。
ま、核兵器開発に血道をあげて来たどこかの国もスタンスは同じか。
あまり自分に都合の良い事ばかり言ってるとそのうち鯨も捕れなくなりまっせ。藁

ともかく人類の歴史が間違いだらけなのは間違いない。
Posted by 亜凡怠夢 at 2006年05月25日 18:14
私も最近ここで紹介された本を読みました。
現在まで続く差別の源流についてよく書いてあったと思いました。
Posted by カスタム at 2006年05月26日 09:21
日本は国家としてタバコという極めて毒性の強い麻薬を売りさばき、その税金にて政を行うという非人道的な行為を行ってきた。
挙句にスイスをはじめとするヨーロッパ諸国がタバコを規制する中においても日本はそのお金ほしさに麻薬を国家的にばら撒き、労働者から税金を搾取していたのである。
麻薬の常習性を用いた鬼畜な行いは明治より変わらずあるのである。

と、50年後叫んでいるのをみたきがするw
Posted by 50年後のとちんら at 2006年05月26日 21:49
最近の萌え童貞諸君は、なぜニポンの「日の丸」が嫌われているのか、知らない。
それは左翼運動が単純に「反対」して来たからのような気がする。
右翼は「日の丸」はただの国旗だと言い、世界中どこでも国旗・国歌は・・・等と必殺の「すり替え式詭弁」を振りまいて来た。
そうだ!問題は「なぜ」と言う事についての徹底が不足していたのではないか・・・
この記事を読んでいて、そんな事を思い起こしてしまった。
Posted by 第三身分 at 2006年05月27日 00:14
萌え童貞とか意味わからん。

他国を批判できる国なんてないってことを
言いたいの?
Posted by ウヨとかサヨとか笑える at 2006年05月27日 12:23
過去の所業がどうあれ、中国側は日本の謝罪を歓迎し、日中平和友好条約が締結されました。賠償についても解決済みです。一方で、北朝鮮は、国家の関与すら認めておりません。よって、今の日本には北朝鮮を批判する資格はあります。
もし、解決後に日本の右翼が「北は以前シャブを売りつけた国だから信用ならない」などと言ったなら、日本の過去を持ち出して徹底的に批判してやって下さいませ。
日本が戦後締結してきた各条約の存在を無視してあまり自分に都合の良い事ばかり言ってると、右翼が勢いづくだけで、反戦平和勢力がどんどん衰退してしまいます。
Posted by 反戦平和主義者 at 2006年05月29日 12:44
日本人なら、謙虚な心を忘れないことです。
武士道であるところの惻隠の情を忘れずに。苦笑
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月29日 16:35
だから,結局どうすべきだと,言いたいのかが分かりませんでした.
Posted by 通りすがり at 2006年06月02日 10:16
なんで肝心の中国共産党のアヘン事業のことを書かないんですか?

通貨の通用しなくなったシナで唯一の通貨がアヘンでした。

シナでは各地の権力者を動かさないとなにもできませんが、金では動かず必ずアヘンを差し出さなければなりませんでした。

そして、各地からアヘンを強奪して集めまくっていたのが中共でした。
Posted by のい at 2007年01月22日 16:23
肝心って何?

他人の土地でアヘンでぼろ儲けの岸の孫が首相の「美しい国」を恥じよ。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2007年01月26日 23:19
>これが大東亜共栄圏の実態である。

こじつけ過ぎかと。

当時の日本にとって最良な事を選んでいたはず。自国の過去を片面だけ見て非難してネットに上げるだけなら滑稽極まりないですね。嫌なら出ればいい。
Posted by ? at 2007年09月07日 21:00
当時の中国において、アヘンが通貨の代わりだったという事実を伝えずに、日本を非難するのは無理がある。当時、台湾においてアヘン撲滅を実施したのも日本。戦時下でもない現在の経済社会における、しかも北朝鮮の麻薬について文句を言えないとは、北朝鮮の工作活動家の意見としか思えない。
Posted by たかだ at 2010年01月18日 13:55
>当時、台湾においてアヘン撲滅を実施したのも日本。

ふーん、2枚舌だったんだねぇ。薄汚い国だったんだニッポンは。
北朝鮮と同様のしょうもないクニだったんだなぁw
Posted by やつらだ at 2010年01月20日 11:08
>>当時の日本にとって最良な事を選んでいたはず

はて?かの「櫻井よしこ」サマによると、「当時の日本の執政階層は
全てコミンテルンと中共のスパイによって牛耳られていた、後世に植民地侵略
行為と非難された事、戦争犯罪と断ぜられた事、全ての国策はこれみんなアカに
操られてやらされた事だった(櫻井よしこ編『日本よ、「歴史力」を磨け』
文藝春秋/刊)」とか仰ってましたがねぇ(嘲)…

中国侵攻も大東亜戦争も、みんな中共とコミンテルンの陰謀なんですよね。
えぇっと、確か大東亜戦争って「亜細亜開放の聖戦」「植民地解放戦争」
とやらだって事でしたよね?じゃあそのお手柄は皆、中共とコミンテルン
の成し遂げた偉業、っていう理解で良いんですよね?え?違う?何故?!
よもや、あの偉大で正しくて無謬の「櫻ン井よしこ」サマをまさか嘘つき
呼ばわり?おーいアイコク者のみなちゃまー、錯乱イよしこタンを誹謗中傷
しやがるトンでも無いハンニチブサヨトクア野郎がここにいますよー!
とっととこの国から出てけ!ハンニチ野郎(嗤)!!
Posted by Meifumadoh at 2010年01月20日 19:22
>通貨の通用しなくなったシナで唯一の通貨がアヘンでした。

そういう情勢があったとしたら、日本が麻薬「ビジネス」をやった、という説の、状況証拠にはなるよね。

 あと、あたしは「スターリンの粛清はすさまじかったんだとさ」と旧ソ連を批判することはあるけど、そのときいちいちアメリカのインディアン虐殺もひどいが、なんて断り書きをいうことはない。

 日本の過去の麻薬販売の実態を話題にするときに、北朝鮮についても言わなきゃバランスが取れないというなら、北朝鮮の覚せい剤をいう時、イギリスのアヘン売り込みをいわないと、欧米の帝国主義容認だなんてケチをつけるのも可能なのかな。

 なんかを発言するときに、膨大に断り書きが必要になるね、こりゃ。
Posted by kuroneko at 2010年01月21日 01:27
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