2006年05月22日

新渡戸稲造の苦悩を踏みにじる『国家の品格』の品格とは?

「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論!」
『国家の品格』が100万部を越えるベストセラーだ。なんせ、駅の売店でも売っている。『バカの壁』の次は『バカ国家の品格』か……トホホ

藤原氏は「民主主義よりも武士道精神」だと言っておられる。

明治6年の調査によれば、士族は、総人口の5.7%だったそうだ。武士なんてものは、たった6%にも満たないものだったのである。残り94.3%の大多数は水呑百姓だったというわけだ。武士道などというものは、支配者の論理に過ぎないのではないか?

論座5月号のインタビューで武士道について次のように述べている。
「武士道という名に惑わされてはいけません。私の言う武士道は、新渡戸稲造の定義したものであり、決して支配階級の論理ではありません。もともとは弓矢とる身の心得でしたが。平和な江戸時代に、一般国民の道徳基準となったものです。私はその中から特に、惻隠の情、弱者を思いやる心と卑怯を憎む心、この2つが日本だけでなく世界にとって最も重要と繰り返し言っているのです。現在強国が弱国をいじめている。あるいは卑怯なことをしている。また市場原理主義とは惻隠とは対極にあるものです。公平に戦ったんだから勝った方が全部取っていいじゃないかということですから」

米帝のやり方が矛盾だらけでおかしいというのは分かるが、だから武士道精神だと言われてもチンプンカンプンなのではないか?

パオロ・マッツアリーノ著『反社会学の不埒な研究報告』に武士道に関する興味深い分析が書いてあった。

そもそも、武士道が語られたのは明治になってからで、シーボルトなど日本に精通していた西洋人が、著作の中で一度も武士道に言及していないのは、明治初期に誰も武士道という言葉をほとんど知られていなかったからなんですと。明治33年に新渡戸稲造の『武士道』が発行されるまで日本人は武士道なんてものに関心がなかったんですよ。そもそも新渡戸稲造の『武士道』とは、その序文にあるように、日清戦争の勝利で世界の好奇の目が向いていたときに、新渡戸がアメリカで西洋人向けに英語で書いた、日本思想のガイドブックだった!、英語版は当時の学生に売れに売れまくったそうです。それに便乗した本も出版され、日本は『武士道』ブームに沸いたのでした。

意外にも、当時の読売新聞は『武士道』ブームを批判しています。自分が悪とみなした相手は、国家の法律など無視してやっつけてもいいとする輩が武士道を悪用している、だとか、武士道奨励は世の乱れを正すどころか、残忍殺伐の風潮を強めかねないと……

大正元年、乃木大将が明治天皇の大葬の日に殉死すると、武士道の見地からしてどう思うかと、新渡戸はマスゴミから質問攻めに会いました。
……ややもすれば私を以て武士道の研究者みしくは鼓吹者のようにいう人もあるが……アレはただ西洋人に向かって、日本にも道徳がありますぞ、武士道というこういう一種の道徳がありますぞという事を知らするために書いた本で……アレは世界的なものでない。一国の道徳である。(中央公論への寄稿)

新渡戸の『武士道』日本語版は英語版から8年もたった明治41年にもなってようやく発売された。しかも翻訳は新渡戸本人ではなく桜井鴎村。その後の新渡戸の武士道を批判する発言の多さを考えると、新渡戸は日本人に『武士道』を読ませたくなかった、というのが真相のようです。
『平民道』(大正8年)では、武士を理想とする道徳は時代遅れだと、もはや武士道を全否定。武士よりも平和、士よりも民が大事なのだから、これからは平民道だと主張します。なお、大正8年には吉野作造らとともに黎明会を発足。日本の軍国主義化に反対する立場を取ります。
『東西相触れて』(昭和3年)では、大和民族の優勢を論ずるものはのぼせぬよう、冷静に学術的な研究を土台として行え、さもすれば威張って恥をかくだけだと批判(まるで嫌韓厨を指摘している)。
愛国心の反対は、狂信的愛国心である。「編集余禄」(昭和5年)
人間は国家≠謔闡蛯ナある。『日本』(昭和6年)

マッツアリーノ氏は、新渡戸の悲劇を次のように指摘しています。
民主主義と世界平和を標榜していたにもかかわらず、自らが著した『武士道』の精神が狂信的愛国者に利用されていった皮肉な現実。『武士道』に心酔し、新入社員に読ませたいなどとおっしゃる社長さんたちは、こうした新渡戸の苦悩などまるでご存知ないのでしょう。

どうやら、『国家の品格』の藤原氏も、新渡戸の苦悩なんぞ知らなかったに違いありません。

藤原氏は、論座のインタビューで愛国心について語っています。
ナショナリズムとか愛国心という言葉を安易に使ってはいけません。定義があまりにもあいまいだからです。私はナショナリズムは不潔とまで書きましたが、私におけるナショナリズムの定義は、他国のことはどうでもいいから自国の国益をひたすら追求するということです。これは不潔な考えだし、戦争につながりやすいから国民は遠ざかっていないといけないと。しかし、国のリーダーたちは、ある程度それを持っていないといけない。世界中の指導者はすべて国益しか頭にないからです。
一方、私の言う祖国愛(パトリオティズム)とは、自国の文化、伝統、自然、情緒などをこよなく愛す気持ちです。これは日本人に限らず、世界中すべての人間が持たなくてはいけない気持ちです。日本の愛国心という言葉がナショナリズムとパトリオティズムの両方を含んでいるのは不幸でした。

なんだか、言っていることがまったくわからない。ただ、言葉のすり替えで愛国心を祖国愛と言い換えているとしか思えない。右翼の鈴木邦男さんは、最新著書『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)の中で、祖国愛というのなら、いまに、「お前は祖国愛のないやつだ」「祖国愛のないやつは非国民」だというに決まっている。愛国心という言葉は、過去に忌まわしい歴史があるから、いつも使う時には慎重に使わざるを得ない言葉だ。だから、祖国愛などという言葉でごまかさずに、愛国心という言葉を使ったほうがよい、という内容のことを書いていた。そもそもなどという言葉自体が、キリスト教の思想であり、日本の伝統ではないと。

著者である新渡戸自身が否定した『武士道』という本を持ち上げ、ヨイショする藤原氏には、それこそ他人(新渡戸)の不幸(武士道を日本人に読ませたくなかったのに売れてしまった)への敏感さという惻隠の情という武士道精神が欠落しておられるようです。

まずは、最初に、その品格の無いスダレハゲ隠しの髪型を改めることから始めてはいかがでしょうか、藤原さん。
posted by 死ぬのはやつらだ at 03:15| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(3) | 似非『愛国者』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
葉隠も鍋島藩では禁書扱いですからね。
殉死を認めない生温い風潮は徳川の世には既に一般的だったようですし。
ニュージーランド人の武士道マニアのナントカという人が、武田の「甲陽軍鑑」がホントの武士の書だと言っていましたけど、
残念ながら現代教育の恩恵を受けた世代の知性ではそうやすやすと原書が読めないという致命的な問題もありますが、現世の人間には恐らく九割理解できない世界なのではないでしょうか。

新渡戸の武士道がそうやすやすとは死ねない世に書かれたものだという認識を持って読まないと、多くの人は「武士道」という字面に酔ってしまう恐れは多分にあると思いますね。「国家の品格」は読んでいませんが、藤原さんもそれに陥っているような感じなのかも。
Posted by とよあしはら at 2006年05月22日 21:58
「国家の品格」の著者は国家に見捨てられ苦闘の末故郷に自力で帰還した藤原ていさんのご子息であることがより一層哀しいです。母君や彼ら兄弟が味わった苦しみは国家に寄りかかった故のことであると思うのですが...。
Posted by SIVA at 2006年05月23日 01:47
そもそも「葉隠」自体が、矛盾に満ちた内容。それに惚れ込んだ三島よ哀れ。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月23日 03:30
トムクルーズの恥辱的日本時代劇「ラストサムライ」を見て泣きましたよ。
米帝に日本の心だの自主独立した日本を捨てるなだの。強姦された挙句に「操を守れ俺が強姦したのは愛だが他の男は違うから」みたいな言われようだと。

それが、まあ政治家ジジイどもの喜ぶこと。あいつらは全員白人にオカマ掘られて喜ぶんだろう。ああ、そう言えば、占領されたらすぐに日本女性を米兵にあてがうように手配もしていましたね。ラストサムライそっくりですね。アメリカ史劇で南軍の将校が北軍兵に南部の白人娘をあてがうなんてのを描いたら奴らはどう反応するでしょうかね。武士道とは狂気なりけりですね。

あの映画、羞恥のあまり悔し涙が出たってーのに。小作人代表みたいな自衛官までが「武士道の国の〜」なんて言い出す始末。
日給3万で命を捨てるのはいつだって貧乏人だけです。

しかし新撰組があのように苛烈な粛清を仲間に課したのも武士ではない農民上がりだったからこそ、武士よりも武士らしくなろうとしたという話もあり。
農民が武士の真似をすると粛清が待っているのではと思う今日この頃、いかがお過ごし?って感じであります。
Posted by 尼 at 2006年05月24日 02:18
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サイテーだよ、赤犬。
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