2006年05月12日

自称「保守」とネトウヨは同じ穴の狢 思想などなにもない

天下の朝日(浅卑)新聞5/11の記事で、慶応大助教授の小熊英二は冷静に分析する。日本での昨今のナショナリズムは正確にはポピュリズムと解釈するべきだと。
また日本の右派や保守派を見て思うことは、思想的な核がないということです。「つくる会」の幹部も一般参加者も各人の考えはばらばらで、「アンチ左派」という一点で結びついているだけです。だからすぐに脱退や分裂騒動がおきてしまう。しかも彼らが批判する「サヨク」も、彼らが実情もよく知らずに思い込みで作った幻想だったりすることも多い
ただし日本の保守に思想的な核がないのは、今に始まったことではない。これは日本の近代化のあり方に関係していると思います。
他国の保守、例えばアメリカなら、経済を含めた自由主義思想が保守派の核です。またヨーロッパなら、貴族やブルジョア層の思想というか生活様式が、保守派の核だった。しかし日本では、下級武士の起こした明治維新以来、政府主導で文明開化が進められた。だから上層貴族の生活様式も、自由主義経済思想も、保守の思想的核になりえなかった。
こういう違いは、保守派の行動の相違にも表れています。例えばヨーロッパの環境保護運動は、貴族たちが狩をする森を守ろうとするなど、歴史的には保守層から始まっています。一方で日本の自民党は保守政党と言われますが、乱開発で自然を破壊してきたあの政党がいったい何を「保守」してきたのでしょうか。政治家が自分の利権を「保守」してきた政党だというのならわかりますが。
また戦後日本の代表的な保守論者といわれる小泉信三や田中美知太郎、福田恆存なども、各人の思想はばらばらで、共通性は「左派嫌い」という以外に何もありません。だから戦後日本の保守論者がやってきたことは、「左派の主張は非現実的だ」といった左派批判がほとんどだったと思います。
それでも戦前から戦後のある時期まで、日本の保守にも天皇という核がありました。ところが「つくる会」では、会の大部分である戦後生まれの人たちは天皇にさして関心がない。そのため、相変わらず歴史問題などで「サヨク批判」をしたり、「伝統」とか「武士道」とか各自が勝手に「これが日本らしさ」と思うものをたたえることしかできないでいる。

総じて近年の日本で台頭しているのは、ナショナリズムともいえますが、不安を抱えた人々が群れ集う「ポピュリズム」だと考えたほうが適切だと思います。今後も社会の構造変動が続き、孤立感を感じる人は増えるでしょうから、「つくる会」のような運動はまだ出てくるかもしれません。しかし思想的な核が何もないのですから、大きな政治運動に成長する可能性は低いと思います。ただ、彼らが「サヨク」とみなした対象を集中的に攻撃したり、強硬外交や改憲などの「世論」を形成したり、時々の選挙で特定の政党を水膨れさせるといった現象は起き続けるでしょうから、そうした影響力は無視できないでしょう。


いやー結論としては、西部の考えと同じなんだな。

「反左翼系統には、基本的にある種のフォビア(恐怖症)があるんですよ。この世に起こる『集団的で新しい現象』、あるいはそういう現象をよしとする動きに対して恐怖を感じてしまう。『つくる会』だけじゃなくて、自称の保守、しかし真相は単なる反左翼の思想現象によく見られることです」
http://anarchist.seesaa.net/article/17121754.html

日本は近代化の過程である明治維新が薩長土肥の田舎者が起こしただけに「品のあるもの」はまったくなかった。ただ心のよりどころが「天皇」のために命を捧げるという精神的なもの。思想たりはしなかった、というわけだ。

少なくとも、この日本で「保守」や「愛国者」を名乗るのなら天皇陛下のために死ねる人間でいてほしいものだ。

「ネット上における「ネット右翼」はサヨクが嫌いなんじゃなくて、「痛い奴」が嫌いなだけの話。んで、サヨクに「痛い奴」が多いだけの話」

226の国士たちがこの世に復活したなら、まず真っ先にこのような発言をする軟弱国賊を血祭りにするだろうよ。




posted by 死ぬのはやつらだ at 04:21| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(1) | 似非『愛国者』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです。
先日、父親に勧められて『国家の品格』を読みましたが、死ぬのは氏は読まれましたでしょうか?
私の感想としては、一部共感できそうな部分もなかったわけではありませんが、私が蛇蝎の如く嫌う「戦前の頑固親父」的な主張もしばしば見受けられ、一言で言うなれば「かわいそうだが、この作者が理想とする世の中は、多分永久に来ないだろう(来て欲しいとも思わない)」というのが読み終えた後の正直なところです。
一度このブログで、『国家の品格』に関する氏のお考えを聴いてみたいものです。
Posted by ニュースコープ at 2006年05月13日 01:12
『国家の品格』は著者の顔自体に『品』が感じられなかったので読んでないんだわ。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月13日 03:52
本当に著者自身の顔に品がないですね。全く同感。
でもね、武士道の復活ってどういう事?
あんなもので支配されるのは絶対嫌。
Posted by t at 2006年05月13日 18:44
「武士道」などとほざく輩に限って、ただの水呑百姓出身なんですよ。

Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月13日 21:41
>「武士道」などとほざく輩に限って、ただの水呑百姓出身なんですよ。
傘張り浪人とも言いますです、はい。

>乱開発で自然を破壊してきたあの政党がいったい何を「保守」してきたのでしょうか。政治家が自分の利権を「保守」してきた政党だというのならわかりますが。
今回の小熊氏の主張のポイントの1つにここがあると思っています。
自称「農本主義者」の私としては、これだけ日本の文化や民俗・風土を破壊しまくっといて、「国を愛せ」「郷土を愛せ」などとどの面下げて言えるのかわかりません。
テンノーの田植えのような「せんずり文化」を有り難がって、本来の文化を破壊してテンとして恥じない馬鹿たれどもに、愛国心のなんたるかを説いて欲しくはないですね。

あれ?二度投稿しちゃったかな?
Posted by 敢えて匿名で at 2006年05月14日 22:49
人の顔をどうこう言う人間が、どのツラ提げて「品格が無い」かと。

ぶっちゃけた話、サヨクの方が思い込みだけで集まった烏合の衆ですよね。
護憲と改憲天皇制廃止がよくもまぁ共闘できるな、と。
Posted by TR at 2006年05月17日 13:27
1−9分けのハゲ隠し。中曽根以来の懐かしく無様な髪形。

どう考えても「品格」はないべ。

相変わらず、左翼右翼とあほらしいレッテル張りはムダ。

どちらも良い者はイイし、悪い者はワルイ(スネークマンショー)
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月17日 16:44
>サヨクの方が思い込みだけで集まった烏合の衆ですよね。
人権派叩きは終わり?
Posted by プッ at 2006年05月17日 22:53
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

緊急提言、「ブログで放送しちゃうからね」大作戦。(笑)
Excerpt:  実は、当ココログは左下サイドエリアの下記バナーでお分かりのようにインターネット
Weblog: 雑談日記(徒然なるままに、。)
Tracked: 2006-05-14 07:20
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。