2006年05月08日

あやうい保守言論の「内実」と国賊ネット右翼

同感できる数少ない「保守」論客の一人、保阪正康さんは、俺とおなじ札幌出身。

その保阪さんが、論座5月号にて『あやうい保守言論の「内実」』という記事を書き嘆いている。

5、6年前から、保阪さんが大学生相手の講演や市民を対象にした文化講座で昭和史を論じると、質問の際に「先生の考えは、自虐史観ですね」と乱暴に決め付ける者が出てきたという。保坂さんは、そういった人の質問や疑問には、「私は自虐史観ではなく、自省史観の側に立っている。昭和という時代を自省や自戒で見つめ、そこから教訓を引き出し、次代につないでいくという立場だ」と答え「あなたたちは史実を、政治や思想で割り切ろうとしている。それは左翼≠フ公式史観と対になっていて、私はなんの関心もない」とはねつけているそうだ。

あえて言えば、現在の日本の保守言論(特に自虐史観などという語を好んで用いる論者たち)には歴史的な歪みが伴っているのではないかとの感がする。歴史的な歪みとは何か。前述のように5、6年ほど前に自虐史観という語を耳にして以来、ではそういう語を吐く側の歴史観とはどのようなものかを確かめるためにいくつかの書にふれてみるよう勧められた。そこで何冊かの書(たとえば、西尾幹二『国民の歴史』など)にふれてみたが、私には到底納得しがたい筆調で史実が列記されていた。
一例をあげれば、西尾書は太平洋戦争を人種戦争と見て記述を進めているが、それは正確な史実をもとにしているとは言い難く、きわめてプロパガンダ色の濃い内容になっている。加えてプロパガンダに都合の悪い史実(枢軸体制など)にはふれていない。戦後60年の史実検証はどのような立場(政治的に左派あるいは右派)であれ尊重されるべきで、相応に明らかにされた史実をもとに記述が行われなければならない。西尾書に限らず、実証主義的な記述さえ「自虐史観だ」として攻撃する書は、そうした検証の実績を無視している点に特徴があるように思う。西尾書を批判している「教科書に真実と自由を」連絡会編の『徹底批判「国民の歴史」』という書の方が、はるかに説得力があるように思う。
(中略)
史実を洗い出すことについてだが、いわゆる保守言論の歴史認識は、この面では杜撰である。それはまず前提ありきで始まっているからだ。この場合の前提というのは、すでに定着している史実そのものに異議申し立てをする大状況の語を指している。あるいはそうした史実をもとに成り立っている歴史認識について、雑駁で感情的な論点を示すことである。たとえば、「日本だけが悪いのか」や「日本の主張には根拠がある」であったり、「日本軍国主義はアジアを侵略した」という言い方に反論する形での論点の提示である。
そして自らに都合のいい史実をつなぎ合わせて、自己陶酔の方向に記述を進めていく。新たに自分たちで史実を検証するのではなく、都合の悪い史実は無視するか、それともすでに検証された史実の不透明部分をあげつらい、声高に否定して自ら正当性を主張する。
極端な例は、「南京大虐殺の具体的史実」に対して、「南京大虐殺はなかった」という反論を提示して史実を拾い集め、その辻褄合わせをしつつ、その史実を批判していくという手法がとられている。


保坂さんは、保守言論の歪みが加速したのは、小泉首相の重量感に欠ける議会答弁やキャッチフレーズ的な言論が社会に公然と吐かれるようになってからだと分析する。

小泉首相がしばしば口にする靖国神社参拝の論理(「これは心の問題だ」とか「戦没者を追悼することがなぜ悪い」という一面の論理)には決定的な欠陥(戦争賛美する遊就館の存在、A級戦犯の合祀)があることを、国民が自覚できなくなっていることにつけこんで、保守言論が巧妙に、靖国神社の公式参拝を是認するかのように論じるのはその典型的な例である。


そしてこのような歪んだ主張は、戦後ずっと「戦友会」の酒宴で語られてきた。
「日本はABCD包囲網に囲まれてやむなく起ち上がった」
「われわれは侵略していない。アジアの解放のために戦った」
「アジアの国々は日本のおかげで独立できた」
「中国人にはわれわれの善意がわからないのか」
そして終いには残虐行為の屈折した話へと続く……

このような話を保坂さんは「ウラ言論」と称し、昨今の保守言論は「ウラ言論が浮上しただけ」という。
現在の歪みの伴う保守言論は、私からみれば「大日本帝国」型戦友会の言論をなぞっているにすぎない。ひたすら自己賛歌と非歴史的、非社会的、感情的罵倒の言論である。だから、今では私にとっては珍しくもないかわりに、こんな言論が「オモテの言論」になってしまったら、私たちにとって戦後60年という月日は何だったのかとという深刻な感想を持たざるを得ないのだ。


保守言論はこのような状態だが、それを支持するネット上に蔓延る「ネット右翼」は、それ以下の輩が多いようだ。

自分のことを「ネット右翼」だと自任しているmumurブルログによれば、
「ネット上における「ネット右翼」はサヨクが嫌いなんじゃなくて、「痛い奴」が嫌いなだけの話。んで、サヨクに「痛い奴」が多いだけの話」
「別に「ネット右翼」は全てのサヨクを目の敵にしてるわけじゃない。
論理矛盾、ダブルスタンダード、嘘、捏造、現実逃避等がおもちゃにされているだけ」

なんだそうだ。そこには、思想も国を思う志も何もない。
彼らが靖国に参拝するのも、ただのネタにしかすぎないのではないだろうか?

こんな輩と一緒くたに「右翼」とされている民族派諸君。君らの真の敵は「ネット右翼」だべ。

posted by 死ぬのはやつらだ at 17:35| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(1) | 似非『愛国者』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新しい教科書をつくる会の方々がいっていることは全然新しくないよなあ、
と当時から思ってました。
小林よしのりが『戦争論』で嬉々として、新事実発見!みたいなのりで
描いていたことは、戦時中に国民を戦争に駆り立てるためにいわれていた
いわば建前みたいなものだし。
こんなこどもだまし信じる人がいるんかいな、と思っていたら
いたんですね。ネットにうようよ。

もう、ネット右翼のやり口が小林のそれにそっくりなのでびっくりしています。
一番うんざりするのが、その短絡的思考。
日本の侵略戦争を肯定したら、おじいさんたちをいじめたことになるのか?
イラク戦争を否定したら、テロを容認したことになるのか?
ヨン様を好きだといったら、拉致問題をないがしろにしたことになるのか?

ある在日の映画評論家が嫌韓厨を非難したところ、その嫌韓厨のブログで
大論争が持ち上がりました。
その際嫌韓厨を擁護する方が、その映画評論家の過去の失態を持ち出して、
「○○(評論家)を擁護するやつらはこの失態についてどう思う?」
といっていてあきれはてました。
ある意見を肯定したら、その人の全人生を肯定しなければいけないのか?
あげくのはてには評論家を擁護する人たちをまとめて「信者」よばわり。

なんだか、新しい言論封殺のフォーマットが着々とできあがっているような
気がしてしかたありません。

Posted by mine at 2006年05月10日 14:33
お遊びで反対している馬鹿相手にしても仕方ありません。

簡単なやり方は、徴兵制の復活。根性腐った馬鹿は軍隊で叩き直さなければイケマセン苦笑
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月11日 03:00
 かつて「イスラエルよりの外交姿勢をとった日本への中東諸国の報復こそ70年代のオイルショック」のごとく、「石油と言う武器で中東諸国はいつでも日本を潰してもいいよ」って嫌韓流=反イスラム野郎どもは言ってるんだな。
 その気になりゃ、「ムスリム風刺画騒動」のごとく「イスラム圏での大反日デモ」(「日本には石油売るな」って感じで)が起こったらどうなるのかも想像つかないんだろうな、嫌韓流=反イスラム馬鹿は。
 連中には「オイルショックが起きたら、自己責任果たせよ」ってやり方もあるな。
Posted by 破れかぶれ at 2006年06月01日 19:13
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