2006年05月08日

戦争を美化し、煽るようなことは靖国の精神に反する! 葦津珍彦

葦津珍彦は、「あしづうずひこ」と読む。難しい名前だ。俺は、この人を、鈴木さんが書いた記事を読むまで知らなかった。

左の論客・鶴見俊輔とも仕事をしたことがある、数少ない真の右翼の一人だ。
http://www.geocities.jp/showahistory/book/note02.html

http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/ASHIDSU/によれば、

葦津は明治42(1909)年、福岡・筥崎宮(はこざきぐう)の社家の家系に生まれた。父耕次郎は熱烈な信仰家であったが、神職として一生を送らずに事業家となり、満州軍閥の張作霖(ちょうさくりん)を説いて鉱山業を興し、あるいは工務店経営者となり、全国数百カ所の社寺を建設した。一方で、朝鮮神宮に朝鮮民族の祖神ではなく天照大神をまつることに強く抵抗し、韓国併合には猛反対、日華事変(日中戦争)勃発以後は日本軍占領地内の中国難民救済のために奔走した。

 珍彦はその長男で、はじめは左翼的青年であったが、父の姿を見て回心し、戦前は神社建築に携わる一方、俗に「右翼の総帥」といわれる玄洋社の頭山満、当時随一といわれた神道思想家の今泉定助、朝日新聞主筆でのちに自由党総裁となる緒方竹虎などと交わり、中国大陸での日本軍の行動や東条内閣の思想統制政策などを強烈に批判した

 敗戦を機に、「皇朝防衛、神社護持」への献身を決意し、神社本庁の設立、剣璽(けんじ)御動座復古、元号法制定などに中心的役割を果たした。昭和天皇が極東裁判に出廷する事態になれば特別弁護を買って出ようと準備していた、といわれる。昭和36年末の「思想の科学」事件の渦中の人でもある。著作は『神道的日本民族論』『神国の民の心』『国家神道とは何だったのか』など50冊を超える。一介の野人を貫いて、平成4年春、82歳でこの世を去った。


葦津さんは、もともと左翼だったようだ。




俺の好きな右翼の鈴木さんは、葦津珍彦を右翼の大思想家と呼ぶ。

以下、「創」5月号「言論の覚悟」より

葦津さんは右翼の大思想家だ。靖国神社について皆、誤解してると言っていた。「戦死すれば神になれる。靖国で会おう」と生命を捨てさせるために靖国はあると思っている人がいるが、違う。本来は『武運長久』を祈り、勝利して生還するのが当然だ。しかし、やむなくして非命に斃れた時に、その死を悲しんで靖国に祀ったのだ。いかに懇切な祀りをするといっても、「武運長久で無事生還する」よりも「死を代償に神になりたい」と思った通常の国民がどれだけあり得るのか。まじめに人間心理の内的消息を考えてみれば分かることだ、と言う。
戦争を美化し、煽ることがあったら靖国の精神にも反するのだ。鶴見俊輔は『回想の人びと』(ちくま文庫)の中で葦津さんを取り上げている。『思想の科学』に葦津さんに書いてもらい、又『共同研究・明治維新』では一緒に仕事をしている。
〈葦津さんはここで、反対側の批判に耳をかたむける雅量を示し、つつみかくさず自分の意見をのべた。ここでは、天皇制の弁護人としての役割を守るという、公の席上での話し方をとらなかった。彼は、仲間の誰もが信頼できる右翼言論人だった〉(『回想の人びと』より)
左翼も認めた唯一の右翼思想家だった。この本では葦津さんのお父さんにも触れている。
〈彼の父・葦津耕次郎は、併合した韓国に、朝鮮神宮をたてるという計画がおこったとき、アマテラスを神体として神社をたてないほうがいいという建白書を書いた。どこに行っても、そこの神様を重んじるのが古神道の流儀であるという〉
こういう右翼人も少なからずいたのだ。昔の右翼人の方が見識、学識があったしバランス感覚があった。今の、にわか右翼や新保守派のほうがヒステリックだ。「日本は何も悪いことはしてない。植民地だって、いい事をしたのだ」「神社や創氏改名だって現地の人が強く望んだからだ。日本はそれを許しただけだ」……と。
日本に憧れ、「わが国にも神社を、日本風の名前を」と言った人がいたかもしれない(少しは)。しかし、「お国(韓国)には長い歴史・文化があり、日本はそれを学んできたのです。捨てることはありません」と言うべきじゃないか。葦津さんが言うように、歴史上、勘違いしたり、間違って教えられてきたことは多い。それらを見直しながら謙虚に話し合うことが必要ではないのか。ヒジャさんとはそんな話をした。


まったくもって、すごい右翼思想家だったのかも知れんね。葦津さんは。元祖スズキさんと言うべきか……。

ただ、せっかくの葦津さんの話も、ユダヤ教に毒された国賊教科書団体『つくる会』に取り上げられると、朝鮮併合は「亡国を惹起した朝鮮自身の責任」だとしてしまうのだ。http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi28_text01.html
まったくもって、にわか愛国者は万死に値すると思うよ。マッタク……

さて、上記文中最後にあるヒジャさんとは、ドキュメンタリー映画『あんにょん・サヨナラ』の主人公である。上記の話は、劇場公開記念トークショーで鈴木さんが話したことだ。


『あんにょん・サヨナラ』
監督:金兌鎰(キム・テイル) 共同監督:加藤久美子 2005年、100分

大東亜戦争中に、日本軍に徴用され戦死した父が、遺族の意志を無視して靖国神社に祀られていることを知った娘 李熙子(イ・ヒジャ)さんの靖国合祀取り下げの闘いを追ったドキュメント。

靖国神社に合祀取り下げを訴えに行ったときの、右翼の馬鹿どものセリフが酷い。「汚い朝鮮人は帰れ」。若い女の子に殴りかかるなど、とても、礼儀と志を大切にする右翼とは思えない場面に怒りがこみ上げる。靖国に巣食う偽右翼がいかに多いかを、この映画が証明している。当然ながら現場にいた警察官は、暴力行為を見てみないフリだ。

本来であれば、日本人への憎悪が助長されてしかるべき状況だが、 『在韓軍人軍属裁判を支援する会』 など、日本人による支援運動のおかげで、「日本人に対する偏見がなくなった」という李熙子さんの言葉が救いだ。

【ここから蛇足】それにしても、先月、俺は、遊就館に3回目の見学をしたのだが、見れば見るほど、遊就館の展示は「戦争を美化し煽る」内容だという思いを強くした。

だいたい、真珠湾攻撃での特殊潜航艇乗組員を未だに、9軍神扱いしており、残りの1名は捕虜第一号となった事実は記載せず、おまけに、真珠湾攻撃の展示で飾られていた欠陥戦闘機ゼロ戦は、ディズニーによる国辱映画『パールハーバー』と同様の濃緑色に塗られており(実際は、明灰白色)、しかも、21型ではなく32型が飾られておる!!!!
http://www.combinedfleet.com/ijna/a6m.htm

あいかわらず、お土産コーナーには台湾の奴隷シナ人黄文雄の『台湾は日本の植民地ではなかった』 などが平積みされておったことを報告しておこう。

【関連リンク】
朝鮮独立を支援した神道人http://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/chousen-dokuritsu3.html




posted by 死ぬのはやつらだ at 01:38| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 戦争責任と靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は、靖国さんは過酷な戦場に斃れた英霊の遺志を継ぐ者たちがその誓いをする場所だと思っています。こういう言い方をすると「だからクソウヨは・・・」と言われそうですが、その遺志というものが、いざ危急の場合には矛をとり戦うことかもしれませんし、彼らが平和になると信じた今の世をあくまでも矛を取らずして維持存続することかもしれません。いずれにせよその遺志を継ぎ約束する場所だと思っています。慰霊をする場所ではないと思います。

遊就館、あそこは日本人の「死の博物館」であるべきで、阿南陸相の血染めの遺書の前や、英霊の遺書の前でその「死」を考える場所であるほうが良いのではないかと思います。死が自らにも必ず訪れることを忘れ、死がリアルでなくなってしまった日本人にとって、死の博物館としての意義は多少なりともあると思っています。ただ、靖国さんですから「明治維新以降の死の博物館」と限定されることになる恐れは十分なのですが。あ、タイの死体博物館とは意味が違います。念のため。

装甲がペラペラのチハなんかを見ると慄然としてしましますが、戦車や零戦や加農砲なんかの展示は、世に習い戦争博物館を作ってやればよいのではないかと思います。まあ出来る雰囲気は日本にはありませんが。
Posted by とよあしはら at 2006年05月08日 15:45
国立戦争博物館、大賛成ですよ。

いかに、日本軍が非科学的であり、非論理的であったか、数々の駄作兵器の展示ではっきりするでしょう。

昔のサンケイ・ブックスではないが、「戦争を知らずして平和を語るなかれ」

兵器の設計思想を知ることは、その国の文化を理解するための布石となると思いますね。
Posted by 死ぬのはやつらだ at 2006年05月08日 15:56
>しかも、21型ではなく32型が飾られておる!!!!

うわ、これはヒドイ!
ぼくは小学生のころ、零戦の全型式とスペックを暗誦できたものですが、この屈辱は許せないですね。32型はありえない!

今のネットウヨは自国の戦闘機の知識もロクにないのでしょうか。ぼくならクレームを入れます。
Posted by Bar at 2006年05月28日 05:13
この前、実家の近所の神職となぜか靖国の話になったけれど、もう安倍やらつくる会やらの言ってることとまるっきり同じことを言い出したので呆れました。もう50ぐらいの奴なんですが。国学院の同窓会の幹部までやってると自慢してたが…。
酷いモンです。
Posted by lilla at 2006年09月09日 03:58
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