2009年09月07日

自民党・小坂憲次氏が「おまえは馬鹿だ朝鮮人だ」発言w


つい、本音がでたようだw

バカという罵倒語に朝鮮人とつけることにより、より強調した表現になると考えているようです。
落選して良かったなぁwww


posted by 死ぬのはやつらだ at 16:09| Comment(13) | TrackBack(0) | 自民湯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「ちょん」は朝鮮人のことではないようです。小学館の日本国語大辞典をひくと頭の悪いことまたはその人を指すといったような意味が書かれています。「西洋道中膝栗毛」の「馬鹿だの、ちょんだの・・・」を引用してますから、用例は少なくとも明治初期迄には遡れるかな。
Posted by いまじん at 2009年09月07日 20:22
死ぬのはやつらだ様、また面白い動画をありがとうございます。
私も一人の自民党支持者として、このような人物は落選してよかったと考えております。テレビの生放送中によくこんな言葉が出るなと、緊張感のなさを感じました。
Posted by 元背広男 at 2009年09月07日 23:22
>いまじん様

確かに「ちょん」が朝鮮人のことかどうかは私には確かなことはわかりませんが、いわゆる「征韓論」が日本でピークを迎えたのが、1873年前後。
「西洋道中膝栗毛」が出版されたのが1870年〜1876年ということですから、「西洋道中膝栗毛」に「ちょん」という言葉が出てきたのは、いまじん様の意見と逆に「ちょん」=「朝鮮人への蔑称」説の裏付け証拠となるのかも知れません。
Posted by natunohi69 at 2009年09月08日 00:23
おかしい。

「朝鮮人」を赤字にしたのに「はてサ」がブクマしてこないw
Posted by やつらだ at 2009年09月08日 10:14
語彙の「歴史的由来」だの「最初の出自」だのがどうであろうと、今やそれ
が如何に用いられている語か、という現実の実状こそが重要でしょうに。
例えば「貴様」という語は、そもそもは武家社会で用いられる、二人称の尊称
でした。「貴い様」ですから。それがいつしか、親しみもしくは敵意を込めた
二人称に変化して行った訳です。
でもだからと言って、もし私が取引先にキサマと呼びかけ、「この語は本来は
尊称でありまして…」などとどれだけこの語彙の歴史的出自とやらを述べ立て
ようと、即刻クビでしょう。

というか、この蛆民党元代議士は、この語の明治時代以前に於ける意味合い
だけしか知らないって言うんですかね。そして彼は、その後この語が如何なる
社会的コンテクストで用いられて来て現代に至るか、というそれこそ歴史的な
事も一切知らずに、今もなお政治の世界に身を置いている…って事ですかね。
タイムカプセルか冷凍睡眠器にでも眠ってたんですか?落語の「たらちね」
じゃあるまいし。
明治以前の歴史的出自にはクイズ王みたく異常に詳しいくせして、その後現在
に至るまでの、社会に直結した重大な歴史的経緯は全く無知って事になります。
いやはや実に恣意的で限定的でご都合主義的ですなぁ。いかにもウヨ的な、
とんだ「レキシテキ」ですこと。

ナチ原珍太郎都知事がウケ狙いで「シナ」と殊更に乱発してみせるのを思い
出します。この語を用いて非難されては「この語は本来は蔑称では無く…」
「歴史的には…」とエクスキューズをペラペラ並べている姿には、表面上の
言とは裏腹に、歴史の尊重も相手国への敬意も、全く感じ取れません。
Posted by Meifumadoh at 2009年09月08日 21:26
いろいろでっかい国語辞典を調べたが前記の域を出ず。どの辞書にも民族蔑視の意味は書かれていないです。
だが、例えばこの小坂某に民族差別の意図があったか否かを問えばおそらく「否」と答えるでしょう。世の中の「バカチョン」発言をつい漏らしてしまう不用意な人(バカチョンカメラとかね)の大部はそういった意味づけはしていないと思われますがどうでしょうか。
むしろ「チョン」に朝鮮人の意味を見いだしてしまうのは民主的な考えを持っている、「こちら側」の人に多いような気がします。
「ばかちょん」などという下品な言葉は言わないようにしよう、というところまでは当然であり良いことなのですが、その理由が民族蔑視の言葉であるからということになると話は別です。辞書上の意味の他に民族蔑視の意味を新たに「こちら側」の人が書き加えてしまうという誤りを犯すことになるからです。
いかがでしょうか?
Posted by いまじん at 2009年09月08日 21:46
「こちら側」が付け加える前に彼らがそういう意図を持って発言をしてる時点でもうそのような意味がついてしまっているのでは
国語辞典というのはそれほどたいした権威ではないと思います
中高生くらいで習う古語のなのめなりなんて時代とともに逆の意味をもちます

シナ発言なんかも呉智英さんなんかがわざと挑発的に使っては語源が云々と薀蓄をたれるネタにしてきましたが……彼も意図としては蔑称として取られるのが嬉しいからあえて使うわけで
Posted by zsu at 2009年09月09日 02:59
 差別用語、差別語についての本質は、差別される対象が差別されていると「感じるような使われ方」をしているかどうかだと思うのですが・・・・・

 これは言葉の用法の問題だと思うのです。

 「身体障害者」という言葉の問題と全く同じで、昔使われていた「カタワ」という言葉は、差別や蔑視に使われていたために、その言葉が世俗的な意味で差別語となってしまい、使われなくなったとの同じ問題なのです。

 結局、どんな言葉で言い換えても、その言葉を使う人間が差別や蔑視の意味で意図的に使う限り、どんな言葉に言い換えてもその言葉は「差別語」になり得ます。

 言葉の不思議なところは、その言葉が相手を中傷する目的で使われるようになると「意味が変わってしまう」ことなのです。

 そして一旦、その言葉が差別的な意味で、世俗的に使われるようになれば、もうその言葉は「差別語としての意味」を持つ「コトバ」になってしまう。

 言葉の意味や使われ方は変化します。この事を文学者や小説家は本能的に知っています。

 本来の意味が差別的でなくとも、使われる対象が差別的に受け止めるように意味が変化していれば、それは差別語になっているのです。
 この事を知りつつ、「シナ」とか使っている「横領銀行のウラ頭取の男根慎太郎」なんてのは、確信犯的なレイシスト右翼と言えるでしょう。
 
 シナと言う言葉は、差別語ではなかったから、今も差別語ではないとほざく、男根慎太郎の詭弁にだまされている、アホ・マスゴミも「タワケ」でしかありませんが・・・・・
 
 差別語の問題は本質的には言葉を使う側のモラルの問題、意味づけの問題なんですよ。

 差別的な意図のない「新しい言葉」に言い換えるのは意味のある事です。その過程で、差別的な意味・意図がある事が分かり、「差別問題を意識」するようになります。

 中には「新しい言葉」が差別的な意味に使われるようになったら「同じ」ではないかと言う人もいますが、それは間違っています。
 何度でも言い換えればよいのです。その過程で「差別問題を意識」する事に意味があるのです。

 何度も言い換えて「新しい言葉」を作らざるを得ないような社会には、社会の制度や教育に問題がある事が分かることでしょう。

 差別語の問題をややこしくしている本質的な問題は「ネトウヨ」的な「レイシスト」が存在する事なんですよ。

 黄色いサルでしかない自分、近眼でブクブクに太った自分を棚上げし、自分だけが選民である。

 選ばれた自分は弱者や貧者とは違った存在で、弱者は貧者には生きてる価値がない。
 そんなレイシスト的な思想を根底に持つ存在の問題なんです。

 世界中に革命を、日本に市民革命を・・・・・ 

 
Posted by トロツキー at 2009年09月09日 09:45
政治的な正しさで言葉を選ぶ必要はないという話でしょうか。
差別される側がされたと自己申告しなければ差別じゃないというのは現実的に思えるだけです。思弁的です。
少なくともこの発言者が言い淀んだ時点で言葉の持ってる社会的通念を思い出した訳だから、ついうっかり言ってしまっただけに、知ってて普段使う言葉だってことです。
Posted by 090909 at 2009年09月09日 15:04
 どうも意味が良く伝わってないようですね。

 差別語の問題は差別的な意図で、その言葉を使う奴がいる事にあると言いたかったんですが・・・・

 結局、差別語問題の本質は「差別」と言う許しがたい「行為をおこなう人間」がいるのに、言葉を言い換えるだけで、差別する人間を「放置」している「為政者」やマスコミ、人心にあるのです。 

 ですから「タワケ」と言う言葉でも、優越的な地位にある者が差別的な意図で使えば次の日から差別語になりえます。

 差別語問題は「差別する側」の問題で「言葉を言い換えるだけ」で「差別する奴」を放置し、何も無かったように振舞っている為政者、社会や教育の問題でもあるです・・・・・。

 それでも差別的な意味を持つようになってしまった言葉を放置するよりは「マシ」なので、止む無く言葉を変えているのが現状なのです。

 ちなみに「タワケ」は本来、博打うちのドラ息子が、負けの返済の為に、切り売りしてはいけない田畑を分けて売る事を指した言葉で、できそこないのドラ息子を指している言葉です。
 しかし現在では、バカとかヌケの意味で使われています。
 名古屋で正面きって相手にタワケなどと言ったら間違いなく拳骨が飛んできます。
 (男根石原知事の「シナ」と同じようなケースです。)
 
 つまり、そう言う相手を蔑める奴がいて、差別的に使っていれば、どんな言葉でも差別語になると言うことなのですよ。

 「差別」の問題を言葉を代える事で誤魔化するのではなく、「差別する人間」がいなくなるような社会を作る事が必要なのです。

 世界中に革命を日本に市民革命を・・・・・・・・・・
Posted by トロツキー at 2009年09月10日 09:23
やつらださん
ご自分の「アグネス・チャンコロ」や、「ユンソナ差別(としか私には思えません)」との整合性はどうなっているんですか?(笑い)
少なくともその場で不適切発言であることを認め撤回した小坂氏の方が、居直り続けるあなたよりマシだと思いますが。
(不適切と認めた理由が何であれ)
Posted by bogus-simotukare at 2009年09月17日 16:14
あ、左翼の面汚し、シモツカレが噛み付いてらwww
「真意も読み解けないボクちゃんバカでしゅ」垂れ流すのはミリヲタサイトのコメント欄だけにしとけww
マジで恥ずかしい。
Posted by 鈴木 at 2009年09月27日 19:06
情報ありがとう。

はてサってスバラシイ人たちの集まりであることは去年から知っておりますが、やはり仲間だったのねぇ。
南京虐殺サヨクともお友達のようですなw
Posted by やつらだ to 鈴木 さん at 2009年09月27日 19:32
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