2009年08月02日

映画「バーダー・マインホフ 理想の果てに」


連合赤軍が「戦争ごっこ」の果てに身内殺しで自滅していた頃、西ドイツ(ドイツではない、東西に分裂していたドイツだ)では、ドイツ赤軍(RAF)が本物の戦争を繰り広げていた。
その物凄さは予告編を観ていただければ、ドイツ語が理解できなくても一目でわかるだろう。

連合赤軍以上に興奮し、驚くべき結末にぶちのめされる、傑作。ぜひドイツ赤軍の歴史を調べないで観てほしい。
結末は、何も知らないマッサラな気持ちで観る方が衝撃度が大きいはずだ。



冒頭、ヌーディストビーチで「児童ポルノ」とアグネス・チャンコロが大騒ぎしそうなシーン。クスクス笑えるのは冒頭だけだ。
1967年6月、CIAのおぜん立てで民主政権を転覆させ国王となったパーレビがベルリンを訪問、抗議活動を行った学生が警官に射殺される事件が起こる。
大雑把に云えば、これがすべてのきっかけとなっていく。

ドイツの左翼運動を語る上で、よく日本の左派系市民運動家が
「ドイツでは、ヒットラーは自殺し、国家も国旗も敗戦を機に一新された。戦争協力した新聞や雑誌もすべて廃刊になった。今もまだ戦争犯罪者を追及している」
と強調するが、もしそうだとするとなぜこのような運動が西ドイツの若者に広がったのか理解できない。

実際は戦後すぐの西ドイツは、反共を内政と外交の前面に押し出したアデナウアー首相により支配されていた。
再軍備や共産党の禁止政策を推し進めただけではなく、旧ナチス党員の公職復帰など、ナチス時代の政治・社会風潮を温存させていた。
それが戦後ドイツの実態だったのだ。ある意味、日本の状況の方がマシとも思えるほどの状況だ。もちろん、東西にドイツが分断され、軍事的緊張感の状況下でのことであることも考慮しなければならないが、それにしてもと思うのだ。


バーダーは激昂し易いカリスマを持った男、ベトナム戦争に抗議するためデパートへの放火事件を恋人エンスリンと起こし収監される。マインホフは左派系雑誌に寄稿するジャーナリストだが、バーダーの脱獄計画に手を貸し、ドイツ赤軍を結成、「帝国主義的支配システムに対する武装闘争」を開始する。
その武装闘争は連赤と違い、本物だ。PLOファタハのヨルダン軍事基地で訓練を行い機関銃で武装して銀行強盗を行う。彼らはたった1日で約1300万円を手にする。最終的には4000万円以上を強奪。豊富な資金で彼らは武装闘争を開始する。

彼らの武装闘争は、連赤とは規模も回数も桁違いだ。

72年5月15日 右派出版社を爆破、17人負傷。
同年5月19日 在独米軍に自動車爆弾を仕掛ける。3人死亡、5人負傷。
74年11月10日 前日にハンガーストライキで獄死した仲間の報復としてベルリン高等裁判所長官を射殺。
75年2月27日 キリスト教民主連盟の政治家を誘拐。
75年4月24日 スウェーデン・ストックホルムのドイツ大使館を占拠。3人死亡、負傷数名。
77年4月7日 主席連邦検察官を暗殺。護衛官と運転手も死亡。
77年7月30日 銀行家ポント誘拐を企てるも、失敗。ポントは銃撃により負傷。
77年9月5日 実業家シュライーヤーを誘拐。収監中の幹部の釈放を要求。
77年10月13日 RAFの依頼により、パレスチナゲリラがルフトハンザ航空をハイジャック。RAF幹部とパレスチナ人政治犯の釈放を要求。

ざっと、このような出来事が映画で描かれている。日本の映画とは違い、登場人物や時代背景の説明は一切ない。これがチト日本の観客には???な部分があるのだが、ドイツでは何度も何度も新聞やテレビで繰り返し報道され、誰もが知っている出来事なのでわざわざ説明しないと云うことだろう。
映画は衝撃的な出来事を淡々と描写して、決して主人公である2人に意図的なスポットライトを当てない…というよりも誰が主人公と云う訳ではない。
若松監督の「実録・連合赤軍」とは違い、脚本の段階で観客が誰にも感情移入できないように構成されている。
映画から発せられる主張はあるのだろうが、答えを押しつける内容ではない。ここの場面で観客がどう考えるのかが問われているのだ。
これがこの映画の特徴であり、良さでもあるが、その反面、各キャラクターの背景や考えが描ききれていないようにも感じられる。そこをどう捉えるかでこの映画の評価は個々に変わってくるだろう。

自分は、最初は彼らの破壊活動や暗殺に「やれやれー」と感情が高ぶり応援してしまう。
その一方で、途中出てくるブルーノ・ガンツ(あのヒトラーを演じた役者だ)演じる西ドイツ連邦警察トップが「彼らがテロを起こす動機に目を向ける必要がある」という趣旨の発言をする、その彼にも好感を持ってしまう。
自分は、マインホフよりもバーダーの彼女であるエンスリンに興味がいってしまった。映画を見る限り、マインホフが何を考えているかは理解できず同調できなかった。

彼らの暴力は敵に対してエスカレートするが、(内部対立があったとは云え)連赤と違い身内に向かうことはなかった。
この違いはどこにあったのか?
また、最初は独房入りだった彼らが、ハンストで勝ち取った(と思われる)待遇の良さには驚かされる。獄内は広々としていて、4人が自由に会うことができる。テレビはあるし、楽器も弾けて、本も豊富にある。こんな状況で裁判は行われる。

この映画によって、いろいろ考えさせられることは多い。


余談だが、この映画はイタリアやモロッコにもロケし、若松監督よりも豊富な資金で制作されている。よってチープなところは微塵もない。だから尚更、映画「実録・連合赤軍」にもっと資金があればなぁと正直に思ってしまう。
それと、パーレビ訪問時の暴動で学生が射殺されたシーンは、その射殺された現場で撮影され、4人の裁判のシーンも当時行われた同じ法廷で同じ椅子に役者を座らせ撮影されている。しかも撮影のためアルカイダ容疑者の裁判を中断しているのだ。
それを知って観ると、また考え深いものがあると思う。

関連サイト http://www.baader-meinhof.com/index.html
ラベル:映画 ドイツ 左翼
posted by 死ぬのはやつらだ at 01:15| Comment(4) | TrackBack(1) | 映画/洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も観て来ました。よい映画だと思うのですが、一部で過大に評価されているのは気になります。金をかけて派手にドンパチやっている点を除けば、若松さんの映画とトントンかな、という印象ですね。むしろ個人的には、低予算の影響か、連赤映画の方が生々しさを感じたのですが。
また、この映画をもって「ドイツは歴史と向き合っている」などと言う人がいましたが、いくらなんでも買いかぶりでしょう。この点はもっと慎重に判断するべきだと思います。

尚、「映芸」の座談会で足立正生が事実関係の作為を指摘しています。主な点を挙げると、
○バーダーはもっと繊細な人間だし、マインホフはもっと長い葛藤を経て自己投機をした筈である。
○セックス解放をめぐるパレスチナ人との対立は冗談にもならないくらい嘘である。
○ガンツが国家理性を代表する人間として美化されている。
といったところでしょう。この座談会は面白いので、一読をお勧めします。
Posted by 蒼ざめた鹿 at 2009年08月04日 00:06
あの〜、「調べないで」と書いたその後にネタバレ記事満載じゃうないですか!うっかり読んでしまった。(怒&激藁)
こちらでは9月後悔もとい、公開が決定しました。必ず観に逝きます。
Posted by 亜凡怠夢 at 2009年08月04日 00:18
ごめんなさい。誤記がありました。
訂正:ガンツが→ガンツ演ずるホルスト・ヘロルドが

実際この人は佐々淳行と同じようなもので、弾圧方針に従って突撃部隊を繰り出していた張本人だそうです。
Posted by 蒼ざめた鹿 at 2009年08月04日 09:45
実は昨日、阿佐ヶ谷ロフトのイベントで足立さんの同じ主張を聴きました。

出演者の三島憲一さんが映画の方が正しいと主張していましたね。
まぁ、どちらが正しいのかわかりませんが。
ただ、三島さんは、なかなかクールな人で、この映画に関しては否定的でした。ニュース報道の域を出ていないと云うのがその理由です。
Posted by やつらだto蒼ざめた鹿  殿 at 2009年08月05日 22:14
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バーダー・マインホフ 理想の果てに
Excerpt: 1967年の西ドイツ。ジャーナリストのウルリケ・マインホフは、反米デモをしていた学生が、武器を持っていたわけでもないのに、警官に射殺される事件を目の当たりにして衝撃を受け、社会変革の必要性を実感するよ..
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Tracked: 2009-08-02 01:44
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