2004年08月10日

明治憲政が「立憲君主制」だったとするアホが多いが、笑止千万

雑誌『サイゾー』より宮台真司が逝ってるよ。

確かに明治憲法下で明治天皇や昭和天皇は立憲君主として振舞おうとしたが、それを以って立憲君主制だとはいえない。なぜなら立憲君主制は「キング」が俗なる存在たることを前提とするから。西ヨーロッパは西ローマ帝国の聖俗二世論の伝統下にある。各領邦の王は身体の外形すなわち行為のみを制御し、内面すなわち心の世界はローマ教皇が主宰する。王が行為を制御しうるのは俗界における「同族者中の第一人者」だからで、聖性は関係ない。ホッブスが王権神授説に対抗したのもそういう文脈です。

かかる伝統下で、王が元首でありつつ憲法に服することで統治実務を臣下がなすのが立憲君主制。政体の最終的正当性が「我、憲法に服さん」との王の約束にある体制です。ゆえに立憲君主制は貴族制でも民主性でもあり得て、それぞれは対立しない。民主制と対立するのは独裁制です。約束に従って統治実務を行う者たちは、たとえ王が政治的発言をしようがしまいが王からの影響を受けない。それが可能なのは王が「俗人」だからです。

日本の天皇は同族者中の第一人者じゃないし、俗人じゃない(神聖にして侵すべからず)。社会システム理論では貴賎と聖穢を区別するが、西ローマ的な伝統下の王は、貴であっても聖ではなく、王に言及するのにタブーはない。だから立憲君主制の王が政治的発言をしても「黙ってろ!」と言える。ところが天皇は貴と同時に聖。ゆえに天皇に言及するのはタブー。だから天皇の政治的発言は影響力を持つ。立憲君主たらんとした昭和天皇は御前会議で意見を述べなかったとされるが、実際には繰り返し質問することで疑念を示そうとされた。周囲の田吾作が陛下の真意(神意)はここにあると忖度ないし擬制しつつ相互監視するのが日本的権力工学です。


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崇仁親王は今年5月に放送されたNHK「ラジオ深夜便」のインタビューにて、昭和天皇が「大東亜戦争」中に立憲君主的に振舞うことに、かなり歯がゆさを感じていられたようだったと述べている。

posted by 死ぬのはやつらだ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | やんごとなき人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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