たぶん戦前の建物だと思う両国駅を後にし、横綱町公園へ。
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1923(大正12)年9月1日、関東大震災が起きると、横綱町公園は多くの罹災者の避難場所になった。多くの家財道具が持ち込まれ、立錐の余地もないほどであったが、周囲からの火災が家財道具に燃え移り、また火災旋風が起こったため、この地だけで(推定)東京市全体の死亡者の半数以上の3万8000人程度が死亡したとされる。(wikiより)
東京震災記念事業協会によって1930年9月に「震災記念堂」として創建され、東京市に寄付されたのがコレ。
寺院風の建物で後ろには三重塔が合体している。正面には左右に狛犬がいる神仏合体の様を呈している。
震災での無縁仏が納骨されたが、戦後は東京大空襲の身元不明の遺骨も納骨され、1951年に「東京都慰霊堂」と改称した。
オレは講堂に入り、お線香をあげてきた。内部には、向かって右側に震災の様子を描いた絵画が、左側には東京大空襲の被害状況を生々しく写した警視庁の石川光陽による写真が飾られている。
【東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑】
内部には、東京大空襲で亡くなった方の名簿が保存されている。
東京都復興記念館
1931(昭和6)年に建てられた歴史ある建物。細部の装飾が面白い。
入館料は無料。昭和6年当時の展示をそのままで観ることが出来る。だから、こんな絵画の展示もある。
もちろん、館内の展示には「朝鮮人虐殺」に関するものは一切ない。
それじゃぁ、あまりにも酷すぎるということで、外にはこんな碑が……。
この歴史 永遠に忘れず
在日朝鮮人と固く 手を握り
日朝親善 アジア平和を打ちたてん






この人「遊就館」も設計しているんですね。
妖怪が好きだったようですよ。
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&geocode=&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA%E6%A8%AA%E7%B6%B1%EF%BC%92%EF%BC%8D%EF%BC%93%EF%BC%8D%EF%BC%92%EF%BC%95&ie=UTF8&ll=35.699373,139.796235&spn=0.001947,0.003433&z=18&layer=c&cbll=35.698666,139.796591&panoid=9OcZXIWbSdXISulnDLi9mw
どのあたりを歩きましたか?(^^)
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*このストリートビューの仕組みに批判があることは承知してます。<(_ _)>
両国にこんな場所があったんですな。両国には、相撲を何回か観に行ったことがあります。国技館の裏の東京江戸博物館??でしたっけ、あれもついでに寄ったことがありますが。今度行ったときは、ここにも行ってみようと思います。
それとストリートビューですが、別に大騒ぎする必要あるのかいなと。監視カメラの増殖が野放しにされている日本で、ストリートビューだけをクローズアップするのはいかがなものかと。
S.ビュー=誰でも利用できるので悪
という解釈じゃないんですか。藁