2010年01月29日

こんな高額給与の日航に税金投入フザケンナ!

日航は倒産させた方が良いと思う。
税金投入して生かす必要があるのか? 
経営困難な状態が続いているのに、自分たちの高給を当たり前と勘違いする社員も日航をダメにした、としか思えないような酷い実態が週刊ポスト2/5号に掲載されていた。


日航の副操縦士クラスの年収は1700万〜2000万円もあるというのに、彼らの組合は10年ほど前に会社との団交で『賃金が低くて子どものミルク代が払えない』と訴え賃上げを要求していた。
その理由が噴飯ものだ。なんと高級住宅を購入して10年の短期ローンを組み、月々の支払いが100万円近い社員がゾロゾロいたというのだ。
こんな人間どもは倒産となっても実感なんぞ湧くはずはないだろう。

スチュワーデスも同様で、40代で収入は大手企業の部長クラスと同じくらいだったというのだ。正直、スッチーなんぞ英会話できる酌婦じゃないか。そんな仕事に高給支払っていれば会社も傾くわな。
そんなに稼ぎたかったら、社会に貢献する特殊浴場にでも働いた方が良いだろう。
しかも、こいつら最近まで自宅と空港をタクシーで往復できたのだ。

そして、そして…驚くのが90年代後半まであった「社内積立預金制度」が驚くほどの金利。毎月の給与引き落としで積み立て、上限の200万円までいくと、毎年3月に25万円が利息として支払われたというのだ。社内ではこれを『第3のボーナス』と呼んでいたそうだ。
社員への無料航空券はつい最近まで支給され、家族も利用可能。空席があればファーストクラスにも無料で代えていたそうだ。

こんなふざけた会社に税金投入だと…。
こいつらみんな氏ねばいいにのに。
タグ:日航
posted by 死ぬのはやつらだ at 19:51| Comment(12) | TrackBack(0) | 派遣と乞食・企業責任 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

【悪の温床検察】小沢を厳しく追及する理由は天下り先の確保!!

きょうの日刊ゲンダイにトンデモない検察の実態が暴露されていた。

昨年、小沢事務所の大久保秘書絡みの追及で西松建設との収賄を追及していた検察だが、なんと驚くべきことに、昨年の捜査の直後の6月に大物検察OBが西松建設に天下っていたというのだ。

その男とは「関西検察のドン」と呼ばれている逢坂貞夫・元大阪高検検事長(73)。
99年の退官後は冷凍食品の加ト吉の取締役を務めていた。
大久保秘書が80日にも及んだ拘留を解かれたのは、西松が「関西検察のドン」を社外取締役として受け入れたことを表明した6日後だ。
この「関西検察のドン」は検察の裏金を暴露しようとした三井環氏を恫喝している。
「検事を辞めて、うちの事務所にこないか」 
 逢坂氏は開口一番、そういいました。
「松尾君が困ったと、よく電話してくるんだ」
 松尾君とは、最高検次長のことです。
 逢坂氏は、さぐりを入れるように、私にいろいろな話を持ちかけてきます。
「三井君、組織を裏切るとモリカズみたいになるんや。よう覚えときや」
逢坂氏はそう話しました。
(モリカズとは、元東京地検特捜部のエースと呼ばれた、田中森一氏。意見の食い違いなどで、検事から弁護士に転進。闇の経済人や暴力団のアドバイザーとして、名をはせた。その後、詐欺容疑などで、許永中とともに、逮捕され今は東京高裁で公判中。)
 逢坂氏はそう私を恫喝したのです。

http://www012.upp.so-net.ne.jp/uragane/jiken4.htm

三井氏は、その著書「告発! 検察の裏ガネ作り」の中で、検察庁の年間5億円の調査活動費(以下、調活費)のほとんどが、検察首脳の私的な飲食費に使われていたと告発、逢坂貞夫元大阪高検検事長は平成7〜10年度中に4161万円と、数字を挙げて追求している。昭和58年以降の累計は65億円にのぼり、法務・検察当局はこれを認めて国民に謝罪し、使い込んだ公金を返済せよとしている。

税金使い込みの帝王「関西検察のドン」は冤罪事件とされている「甲山事件」で強引とも思える起訴を行った検事でもある。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kabutoyamakousisin-1.html


ひまな人は電話してみよーw

逢坂貞夫法律事務所
大阪市北区西天満6-8-7 電子会館5階504
TEL 06-6365-8212
posted by 死ぬのはやつらだ at 20:22| Comment(3) | TrackBack(6) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

【小沢VS検察】TVで検察の不当捜査を支持する元東京地検特捜部長・宗像紀夫の黒い過去

先週今週と2週にわたって、テロ朝『サンプロ』にて「検察VS小沢」の特集をやっていた。そのなかで、自民党と一体となって検察弁護にまわっていたのが元東京地検特捜部長・宗像紀夫である。

munakata_norio.jpg

田原はリクルート事件捜査を取り仕切った、敏腕検事として紹介していたが、熱心な『噂の真相』読者であったなら、ドス黒いスキャンダルの持ち主だったことを忘れてはいないだろう。

続きを読む
posted by 死ぬのはやつらだ at 02:38| Comment(4) | TrackBack(1) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月23日

【足利事件】鬼畜元検察官 森川大司に抗議の電話を!!

足利事件:許すことはできない、永久に…菅家さん怒り込め

(毎日新聞1月23日)
 栃木県足利市で90年、4歳女児が殺害された「足利事件」で無期懲役が確定し、昨年6月に釈放された菅家利和さん(63)の再審第5回公判が22日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)であった。約3時間の証人尋問で、取り調べを担当した宇都宮地検元検事、森川大司(だいじ)氏(62)から謝罪や反省の言葉は出なかった。1審判決以来、16年半ぶりに森川氏と対峙(たいじ)した菅家さんは、公判後の会見で「謝ってもらいたかった。絶対許すことはできません。永久に。謝るまで」と怒りを込めて語った。【吉村周平、岩壁峻】

 午後1時、森川氏が入廷。「うそをつかない」との宣誓書を読み上げると、弁護団席の菅家さんは小さく首をかしげた。「まず、菅家さんから質問があります」と裁判長に告げる弁護団。菅家さんは立ち上がり、森川氏をにらんだ。

 「無実の罪を着せたことに謝ってください」「私の家族に謝ってください。苦しんでいるんです」「どう思うんですか、本当に苦しんでいるんですよ」。森川氏は、何度も謝罪を求める菅家さんに顔を向け、「厳粛に深刻に受け止めています」と繰り返した。「反省してないんですか」。身を乗り出した菅家さんに検察官が「異議」を唱えたが、菅家さんは「黙っててください」と声を荒らげ、「あなたは私に『人間性がない』と言ったが、あなたの方が人間性がない。私は怒ってますよ」と声を張り上げた。

 弁護団の質問をはさみ、菅家さんは再び立ち上がった。「森川さんね、私は本当につらい思いをしました」「立場を逆に考えてください。お願いします」と懇願するように、改めて謝罪を求めた。

 森川氏は数秒間沈黙した後、消え入りそうな声で「先ほど申し上げた通りです」と答えた。

 一方、検察側からの質問はなかった。次回2月12日の第6回公判で検察側が無罪を求刑し、3月26日に判決が言い渡される予定。




http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100122-OYT1T00318.htm
【92年12月7日分】
森川 今まで「私がやりました」という調書、録(と)っているでしょ。そのことについてもう1回聞こうかなと。
本当に君がやったのかどうか、そこを聞きたいわけ。だから今日は自由な楽な気持ちで話してもらいたい。
菅家 (沈黙19秒)本当言うと。
森川 うん。
菅家 いいですか。
森川 いいよ。
菅家 やってません。
森川 やっていないの。(Bちゃん、Cちゃん)どちらも? それとも片方だけ?
菅家 どちらもです。
森川 どっちもやっていない。
菅家 はい。昨年12月の確か日曜日でした。その時、警察の人が来まして、(略)自分は何が何だか分からなくって一緒に警察へ行きました。
森川 それで?
菅家 夜中まで自分はやっていないやっていないと言いました。(略)これ以上、10日でも20日でもやっていないやっていないと言ってますと、
なんか、もしかして殴られたり、けられたりするんじゃないかと思いました。それで自分がやったと話したんです。(略)こないだ警察ではやりましたと話しましたけど、やっていないんです。これ本当です。
森川 ふーん。
菅家 本当、今までうそをついてすみませんでした。(泣く)
森川 ああそう。結論から聞くけど、君は(3件のうち)どの事件にかかわっていて、どの事件にかかわっていないのか。
菅家 話していいですか?
森川 あー。
菅家 全然かかわっていません。
森川 全然かかわっていないの?
菅家 はい。絶対言えます。


鬼畜元検察官 森川大司は、他人の人生を破壊しておきながら、その当人に謝罪することなく、のうのうと生き続け、高額の退職金をガッポリ貰ったうえで、宇都宮公証人合同役場にて第2の人生を幸せに送っている。
http://www.koshonin.gr.jp/map/2-012.html
http://www.moj.go.jp/MINJI/DENSHIKOSHO/denshikosho2.html

彼が菅家さんに土下座するまで、抗議を続けようではないか!!
宇都宮市小幡1-1-33 佐久間ビル2階
 電話 028(624)1100 028(622)9876
タグ:検察
posted by 死ぬのはやつらだ at 23:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

【小沢vs検察】 いまこそ指揮権発動だ 検察の裏金づくりを徹底捜査せよ

検察庁法14条
「法務大臣は(中略)個々の事件の取り調べまたは処分については、検事総長のみを指揮することができる」
役立たずの人権法務大臣よ、そろそろ指揮権発動の時が来た。
小沢の疑惑なんぞ、微罪に過ぎない。それよりも、年間5〜6億もの裏金をつくってきた検察の内部にメスを入れるべきだ。
この件に関しては、全関係者の股裂きの刑を要求する。もちろん男根は切断だぁwww


ひきつづき、緊急シンポ!「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」から、元共同通信記者・魚住昭氏の発言。
それと、検察を内部告発しようとして口封じで逮捕され服役した元大阪高検公安部長・三井環氏のインタビューを転載する。


続きを読む
posted by 死ぬのはやつらだ at 21:37| Comment(6) | TrackBack(1) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

記者クラブを廃止すれば、それでよいのか?

また、緊急シンポ!「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」から、「記者クラブは廃止した方がよいのでは」という会場からの質問に答えて。

魚住昭 僕は記者クラブの廃止で変わるとは思いません。基本的に記者と云うのは、情報源と一体化してしまうんですね。情報源の前で無意識のうちにひざまずいてしまって、結局は情報操作に利用されるという体質を持っていますので、記者クラブがあろうとなかろうと検察が情報をたくさん持っている以上は、検察による情報操作はできるんですね。ただ、司法記者クラブと云う閉鎖的な社会がある故に、情報操作がやりやすい、というのは確かなんだと思います。ただ、それが無くなることによって情報操作が無くなるとは思わない。

佐藤優 司法記者クラブのことは横において、外務省の霞クラブは絶対に潰してはダメ。記者クラブが無くなったら、外務省の中をウロツクことができなくなってしまう。そのために逆に情報を選択的に、与党記者のみに与えるようになってしまう。あの庁舎に自由に入れることにしていることが正しくて、岡田(外相)さんが範囲を拡大して雑誌協会のバリアも外したんで、週刊金曜日が入った。そのとたんに、機密費問題を訊かれている。こういうふうになってくるんで、外務省に関してはいままでのやり方が良いと思うんですよ。
それからリークをするやり方と云うのは、国民の知る権利に答えていないからダメなんです。リークは官僚に都合の良いスピンコントロールなんです。真実じゃないことを知らされた時の検証がないんですね。それを強くする方法は、唯一政治家が強くなること。
たとえば、外務省について言えば、一時、霞クラブの記者たちは外務省の言うことをきかなかったんですよ。情報操作しようとしても、鈴木宗男さんのところへ行くと、外務省からこう聞かされたと言うと、「おう、ちょっと待て、俺が調べてやる」といって電話かけてくれて、本当のことがわかるんですよ。
一時期、読売新聞だけが、外務省のことで結構(他社を)抜けたんですよ。安倍晋三さんとの関係が強かったから。安倍晋三さんに頼めば、本当のことを安倍さんには云わなければならない。ですから、政治の機能を強化しないとリークによる問題と云うのは解決しない。
要するに、法務族という政治家がまったく無いからなんですよ。法務省に手を突っ込む政治家が出てくれば面白くなるんです

魚住さん、司法記者クラブと云うのは、法務省から偽造領収書と云うものを発行されていました(笑)?

魚住 うーんと…どうだったかなぁ…。

佐藤 僕はいまのチェコ大使の原田親仁さんとキルギス大使に言われて偽造領収書を作ったことがあるんですよ。レターヘッドの右下にハンコを押して同行記者に渡して。同行記者は勝手に数字を入れてカネを作るという。この有印公文書偽造みたいなことを日常的にやって、自分のポケットに入れなければ構わないと思ったんですね。

魚住 そういえば、宮内庁の記者クラブでそういうことがありましたね(笑)。

佐藤 官僚に頼んで、偽造領収書とお金をつくるのは、あんまりよくないんじゃないかと(笑)。官僚も偽造領収書を出すのはやめよう。この問題で国会に呼ばれたら、いつでも実名を全部出して記憶を正確に繰り返して、国民の皆さんに懺悔したいと思っています(笑)。


佐藤優のおかげで、記者クラブにたむろする年収1千万円以上(産経を除くw)のエリート新聞記者たちが官僚に手なづけられる構図ってのは、青年会議所の飲み会に白紙の領収書を渡すクラブホステスと同じ構図ってのが暴露されたw。

こんな情報を垂れ流してくれる佐藤優を排除しようとするネット馬鹿サヨクどもの気がしれんわwww
posted by 死ぬのはやつらだ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | マスゴミ/メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

【鈴木宗男】 東京地検特捜部は仕分け対象、取り調べ可視化法案を早急に可決せよ!

日曜日の日にサンプロを見たんですが、田原さんだからこそ、この問題を扱ったんだなと見ておったんですがね。
そこでみなさん、私も8年前、メディアスクラムといいますかバッシングでねスズキほど悪いやつはいない、と叩かれましたね(笑)。
私はこうして発信する機会があるからよいけれども、一般の人が狙われたら終わりですよ。狙われたらみなさんね、どうにもならないですよ。このことをもっと緊張感を持ってやって欲しいのです。
特に検察の暴走です。私のときだって、ムネオハウスで捕まると言われていたんですよ。あのとき、偽計業務妨害罪で捕まらないと言ったのは田原さんただひとりなんですよ。他のメディアは全部、検察のリークにのって偽計業務妨害罪で捕まると言っていたんです。
ただあの日には、三井環さんと云う人が(検察の)裏金問題を告発しようとして捕まったんです。
三井さん逮捕の話題を封じ込めるために、うちのミヤノという秘書を捕まえたんです。これは何も偽計業務妨害していないんですよ。
検察は自分たちの弱みがあれば、どこかで話題をそらす、という意図でやっていますね。


緊急シンポ!「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」にて、ムネオはマイクを通さずともハッキリ聞こえる大声で熱く語った。検察なにするものぞと。

続きを読む
posted by 死ぬのはやつらだ at 22:01| Comment(3) | TrackBack(2) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

小沢一郎が2月5日〜6日に逮捕!?

週明け月曜日から、マスゴミによる小沢叩きがエスカレートしている。

きのう、行われた緊急シンポ!「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」にて田原総一郎が暴露している。
民主党石川議員の拘留期間が切れた時点で、小沢の自宅と関連事務所に強制捜査が入るという情報をマスゴミは検察から情報を得た。
そこで何を見つけるのか、ということもマスゴミは掴んでいる。
今日から一斉にマスゴミが小沢批判を強めたということは、そのような検察からのダダ漏れ情報を確実にモノにしているからだ。
マスゴミというのは、単純に云いますと強い者の味方なんです。
小沢が強かった自民党時代には、一切、小沢の批判をしなかった。今回の一斉捜査が行われる前は、現場のやり方に検察トップは同意していなかった。ところが上も下も一体となって小沢憎しで必ず捕まえると決めたことで、一斉捜査となった。
完全にマスゴミと検察は一体化している。
ただ、今回の事件は検察にとって、そうとう不利な状況だ。もし有利ならば、小沢の自宅事務所を強制捜査するはずだ。なぜ西松建設から入ったのか? これには裏がある。西松建設から入れば、収賄のようなものが出てくるはずだと検察はにらんだ。ところが西松建設の事件は完全な空振りだった。検察のメンツは丸つぶれで、名誉回復のためにも、なんとか小沢を逮捕できないかとなった。
今回、もし水谷建設から小沢が5千万貰ったことが明らかになっても収賄にはならない。当時民主党は野党であり、小沢に職務権限が無いから。また、脱税にもならない。小沢を脱税で起訴するなら、もっと高額なカネを母親から貰っていた鳩山兄弟を起訴しなければならないからだ。

15日の朝、民主党石川議員が取り調べ担当検事から云われたひと言が噴飯ものだ。
「こんかいのリークは酷いな」と云っていたそうだ。
posted by 死ぬのはやつらだ at 01:49| Comment(5) | TrackBack(0) | 警察・検察 日本最大の犯罪集団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

狂セラの稲盛が日航CEOになる悲劇w

墜落寸前の日航CEOに狂セラの稲盛が就任するかもとの憶測があるらしいが、もしなったら日航社員は悲惨だなぁw
http://www.sankeibiz.jp/business/news/100112/bsd1001121311010-n1.htm

稲盛が経営していた京セラと云えば…。
人口骨を厚生省の承認を得ないで売るという薬事法違反、
NTTにしか認められていなかったコードレスホンを製造販売した電波法違反、と法を無視した経営が得意。

東京協和、安全の2信組事件の当事者であるイ・アイ・イーグループの高橋氏から過剰な接待を受けていたことなどが次々と発覚し退官した元エリート大蔵官僚の中島義雄に、救いの手を差しのべたのが京セラの稲盛だった。97年に京セラに入社した中島は、傘下の京セラミタの経営再建を手伝い、その後、京セラの北京事務所首席代表などを務めた。
そして、稲盛の夫人が代表取締役のファミリー企業『ケイアイ興産』の監査役には橋口収・元大蔵省主計局長を据えていた。
このような天下り大好きなタカリ官僚を利用しながら行革を説く、厚顔無恥と云う言葉を知らないのが稲盛なのだ。

また信じられないことに、稲盛の経営手法はオカルトなのだ。信仰する生長の家の教義を採り入れ、超能力少年にスプーン曲げや透視の実演をさせて、社員を洗脳していく
ちなみに京セラの朝礼では戦闘開始の合図と云うことで社員全員でウォーッと叫ぶのだそうだ。ポルポト派と同じ洗脳が大好きなようだ。
終いには、日航社員の墓を作り、社員は全員同じ墓に入らなければいけなくなるだろうw
(注)(「京セラ従業員の墓」というものが、京都府八幡市の円福寺に現存している!!)
タグ:稲盛和夫
posted by 死ぬのはやつらだ at 22:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 派遣と乞食・企業責任 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

芸能河原乞食の歴史

芸能人のことを河原乞食としていた時代が日本にはあった。
いまでは河原は河川から消滅し、護岸工事の川のみなので河原乞食が有り得ないのだが…。

そもそも河原乞食はなぜ河原で興行したのか?
645年の大化の改新にさかのぼる。
701年に大宝律令が制定される。朝廷の財源確保のための課税制度が確立される中で、河原だけが課役免除になった。河原は当時の唯一の非生産地帯だったからだ。
その河原に集まって生活を営んだ人々は理由はともあれ課役を拒否した人間たちだった。
「河原者」「河原乞食」と呼ばれて蔑視されることに甘んじた代わりに税金を払わないでもよかったのだ。
いまでは、巨額な税金を収める「河原乞食」となっている。
河原乞食が初めて納税するようになったのが1875(明治8年)。芸人たちは祝杯をあげて一人前扱いをされたことに感謝したのだ。
河原者の中には不精者、すね者もいれば反政府の立場をとる人間もいた。
生産手段が与えられない彼らの生きる道が「ヤクザ」「女郎」「芸人」といった職業を生み出した。
能、狂言も河原者が創りだし、京都に残るいくつかの名園も彼らの手によっていることはご存知の方も多いことだろう。
彼らの生活手段とはまるで別に封建制度の施政者は、この河原者を有効的に社会に組み入れることを考え出した。
「穢多・非人」という階級がそれである。
彼らは徹底した差別を受けることにより、百姓たちの欲求不満のはけ口にされた。

足利時代に武士に密着した能につづいて、江戸時代では歌舞伎の存在がクローズアップされた。それは弾圧と云う形でだ。
江戸の場合、歌舞伎の芸人は浅草に住む穢多頭弾左衛門の支配下にあった。
彼らは武家社会を中心とした善良な風俗を乱すということでいつ江戸から追放されるかわからない存在だったのだ。
イレズミ判官遠山の金四郎でおなじみの遠山左衛門尉は天保の改革で放遂されそうになった役者をかばい、猿岩町に限るということで江戸に芝居小屋を残した大恩人だ。
猿若三座の時代から明治維新。
初めて猿若以外の土地に小屋を建てたのが1872(明治5)年の築地新富座。
守田勘弥(12代目)の努力で1887(明治20)年に天覧歌舞伎を成功させた。
これが歌舞伎役者を河原乞食から芸術家に一転させた大事件である。
下級武士、足軽上がり、チンピラ同然の明治(坂の上の雲)権力者は能、狂言は理解できなくても歌舞伎ならわかったのだ。
明治大帝が大そう喜んだ天覧歌舞伎からわずか7年後の1894(明治27)年。
川上音次郎が歌舞伎座の舞台を踏んだことに腹を立てた9代目団十郎が「舞台を削りなおせ」とのぼせあがるほどに河原乞食にしか過ぎなかった歌舞伎役者はエラクなったのである。
乞食の階級としては最下位の「カドヅケ」から育った浪花節にしても、明治31年の桃中軒雲右衛門の登場以前は全くの河原乞食扱い。この系譜は三波春夫にまでつながる。
1911(明治44)年に開場した帝国劇場では三浦環
歌舞伎役者と同じ舞台を踏んだことから「官学出身が河原乞食と一緒とは何事だ」と問題になったし、女優になった姉を恥じて自殺した青年までいた。
1914(大正3)年に始まった宝塚歌劇も温泉の余興として風呂の蓋の上で踊っていたのである。河原乞食以外の何物でもないのだ。
漫才の悪戦苦闘ぶりも酷いものだった。
落語家に「河原乞食とは出られない」とストライキをやられ、1925(大正14)年に始まったNHKでもあらゆる娯楽放送の中で一番最後まで出演を許可されなかったほど差別された。
この漫才を一般の娯楽にまで押し上げたのが秋田實である。
昭和に入って彼らが社会的に認められ始めたのは戦争に協力するということだった。
慰問舞台は次から次へ送り出され、軍部にとって芸人と慰安婦はなくてはならぬ存在になってしまったのだ。
いまでは芸能ニュースなどと朝からチヤホヤされている元河原乞食たちだが、同じ河原乞食出身であるヤクザと女郎は社会から敵視され、いまだに河原乞食同様の待遇というのが気の毒だ。
彼らが権威と結びつくことなく河原乞食としての道を歩き続けていることは、もっと賞賛されて良いことだと思う。

法よりも尊重したい、義理と人情の世界というものの方が、よっぽど人間らしいとも思ってしまうのだ。


【余談】
乞食の世界にも階級はある。
ケンタ、ツブ、ダイガラ、ヅケ、シロイ、タカリ、ガセ、タカモノ、カドヅケという順位がある。
乞食の最上級は「ケンタ」だ。一定の場所に座って営業する。
「ツブ」は俗に言う袖乞、ブラブラ歩きながら恵みを受ける。
ダイガラとズケは残飯あさりが主で、周辺の料理屋や商店の前を勝手に掃除して残飯を貰ったりする。ダイガラはズケよりも縄張りが高級だってこと。
シロイはゴミあさり専門。
タカリはちょっと悪質な傾向を帯びた乞食だ。
ガセは女性の場合の売春婦をさす。
タカモノは神社などで小屋掛けの見世物を演じた乞食。
カドヅケも門ごとに訪れ銭を請う芸人。三味線弾いたり何でもやっていた。
なぜか芸人は乞食の中でもタカリやガセよりも下に並ばされているのが興味深い。農産物や海産物などを生産せず、あくまで芸で生活する河原乞食は、時の権力者からすれば厄介な存在だったことが伺える。
posted by 死ぬのはやつらだ at 20:17| Comment(9) | TrackBack(0) | 叛差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。